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ウィスコンシンの思い出 3

さて、1月のオリエンテーションから渡米まで、約半年。そうは言っても、NHKのラジオ講座だけで、英語をマスターしようとした訳では決してない。むしろ、NHKのラジオ講座は、あまり聞いていなかった。指定された講座の時間には、まず家にいないのだから、仕方ない。テキストだけは、買っていたが。(それだけに、再試の結果は、気になっていた)

とにかく、時間がないことだけは分かったいたので、英語の勉強そのものを分解した。英語を、「短時間で、英語をとりあえず、モノにするには?」と、まず考えた。そして行きついた結論は、単語と文法のみを勉強するという「結論」だった。それはそれは、必死で覚えた。そして、それはそれは、恐ろしいぐらいに、簡単に忘れた。とにかく、その反復だった。B4サイズほどで、厚さ5センチはあるかという文法の本と、3センチほどの単語の本だった。今でも、本の名前は覚えている。だが、内容は、覚えいない。

そのうちに、ヒアリングも必要だと気が付く。とにかく、アメリカの映画を映画館で最低2回連続して観たというよりは、聞いた。1回目は、スーパーで映画を楽しみ、2回目は、ストーリーは分かっているのだから、とにかく、耳で単語を拾った。

観た映画で、覚えているのは「ポセイドン・アドベンチャー」と「007・死ぬのは奴らだ」、 「マイフェアレディー」は、内容も面白かったので、よく覚えている。むしろ、歌の印象が強く、「死ぬのは奴らだ」と「マイフェアレディー」は、Wisconsinにレコードも持って行ったぐらいだった。

映画や音楽で、英語のリズムだけでも覚える勉強方法は、お勧めである。根本的に、日本語のリズムと英語のリズムが違うわけで、英語のリズムを覚えると、意外と簡単に、英語のヒアリングが出来るのだ。しかも、楽しい。苦痛ではないのが、イイ! 今の時代は、楽だとも思う。レンタルビデオで、自宅で、いくらでも英語に接することができるし、テレビでは副声音で、英語でニュースからスポーツまで見られるえわけだから。

最初の手紙から、文通が続いた。最初のホストファミリーは、アブラハムソン夫妻。オヤジが「ライル」、オフクロが「アリーン」。その子供が3歳になる「ジョン」だと、手紙と写真が届いた。こちらからは、自分と家族の写真とか、自己紹介と家族紹介などを、送った。

8月になる。まだ、「仮合格」のままだった。このころまでには、和英&英和辞書、ジェスチャーなどを駆使すれば、最低限伝えたいことは伝えられるまでにはなっていた。これは、アメリカ人と会話することで、訓練した。ほとんど、中学までの英語の知識だけで、充分、通じることも分かった。関係代名詞、関係副詞、付加疑問、時制の一致、間接話法、などは、まったく使わず、それでも、話すと通じるということが分かった。楽になったのは言うまでもない。

N氏から聞いた、向こうの天候から、冬物衣料やスキージャケットを、引っ張り出して、スーツケースに詰めこんだ。お土産も買った。パスポートとビザも届く。が、「仮合格」のままは変りがなかった。とうとう、渡米の3日前に、神経性の胃炎になった。英語が問題じゃなかった、 あくまでも「仮合格」が気になって、気になって・・・。

8月20日、渡米当日。羽田空港。ノースウエスト航空が、離陸したときは、安堵した。いつ、「アンタは不合格」と言われるか?とビクビクしていたから。座席のナナメ前に、会長と副会長の姿を見つつ、会長のパイプの煙を眺めつつ、ノースウエスト便は、まずはホノルルに向かった。

updated : 2003/7/30


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