グリーンベイ・パッカーズ ニュース
2014年7月21日
ずっと怠けていたので、最近のニュースをまとめて。
- 非営利団体グリーンベイ・パッカーズが昨会計年度(3月末まで)の収支報告を発表した。総収入は今回も過去最高を記録したものの、選手コストの上昇により利益がダウンしている。
- 総収入は$324.1ミリオンで、前年度より5.2%(16M)のアップ。下記のローカルおよびナショナル・レヴェニューを合わせたもの。
- 支出は$298.6ミリオンで、前年度より17.6%(253.8M)のアップ。
- 経常利益は$25.6ミリオンとなり、前年度より52.9%のダウン。
- 純利益は$25.3ミリオンとなり、前年度より41.3%のダウン。
- 支出増は選手コストによるもので、チームを代表する高給取りのQBロジャース(契約ボーナス$35M)とOLBマシューズ(契約ボーナス$20.5M)が昨年春に契約延長を迎えたため。
- ローカル・レヴェニューは前年比6.4%増の$136.4ミリオン。 ローカル・レヴェニューとは、一般席チケット売り上げの3分の2、ボックス席チケット、ラジオ契約、プロショップ売上げ、各種スポンサー契約など、各球団の経営努力によるもの。昨年夏のランボーフィールド7000席増設も役立っている。
- ナショナル・レヴェニューは前年比4.3%増の$187.7ミリオン。 ナショナル・レヴェニューとは、放映権料、ライセンス収入などにくわえ、各球団一般席チケット売上げの3分の1をリーグが集めて均等分配したもの。今後はTV契約更新によりさらなる増加が予想される。
- TEジャーマイケル・フィンリー(首)は今月17日にもグリーンベイを訪れてチームドクターの診察を受けたが、状況は変わりなし。スティーラーズからの安いオファー(2回)断ったこともあきらかになった。昨年負傷直後に本人があきらかにしたように、「負傷で引退に追い込まれた場合には$10ミリオンを無税で受け取る」保険に入っているが、いちおうオファーがあったからには保険会社は支払いを拒否できるのではないか。(契約の文言しだいだろう)
- 今年もブレット・ファーヴの永久欠番セレモニーは行わない見通しであることをマーク・マーフィ社長があきらかにした。ファーヴに対して観客の一部からブーイングが出ることを懸念しているため。せっかくやるからには、ファンの気持ちが「そろそろやってもいいか」程度ではなく、「待ってました」となることが望ましい。理屈でなく時間が必要なだけだ。
- レイク・タホのセレブリティ・ゴルフ・トーナメントに出場したILB A.J.ホークが、熱烈なファンの求めに応じて彼をサック。おおいにウケていた(ビデオ)。同大会にはQBロジャースも参加した。
- この時期に選手が起こすトラブルの恐怖について、例によって元副社長のアンドリュー・ブラントがユニークな思い出話を語ってくれている。
- ランボーフィールドのアトリウム前に新ハーラン・プラザが完成。今月10日にセレモニーが行われ、ボブ・ハーラン前社長(現・名誉会長)も元気に出席した(ビデオ)。ランボーとロンバルディの銅像が新しい位置に移り、ロンバルディ・アヴェニューからも見えやすくなった。
- 改装なったパッカーズ・プロショップが今月17日にグランド・オープン(ビデオ)。床面積はこれまでの2倍以上となり、とてもゆったりとした印象。さまざまなデコレーションもゴージャスになった。今ページ下端のビデオもどうぞ。
- 今年のパッカーズ・ホール・オブ・フェイム入りセレモニーがランボーフィールドのアトリウムで開催された。今年殿堂入りしたのは元RBアーマン・グリーンと元LTケン・ルトガーズの2人。
- RBアーマン・グリーン Ahman Green はネブラスカ大から1998年3巡指名でシーホークスに入団。2000年にトレードでパッカーズにやってきた。エースRBレヴェンズのケガをきっかけにスターターとなり、7年間で1000ydsラッシング6回、4年連続プロボウルの大活躍。FA移籍したテキサンズではケガに苦しんだが、2009年にパッカーズと再契約して8322ydsの球団最多ラッシング記録も達成した。シーズン1883ydsラッシング(2003年)、ラン・パスキャッチ合わせて通算11048ydsも球団記録。
- グリーンは引退後もグリーンベイに住み、さまざまな慈善活動に参加を続けている。また、グリーンベイ・サウスウェスト高校でフットボールと陸上を教えているほか、インドア・フットボールのグリーンベイ・ブリザードの共同オーナーでもある。
- LTケン・ルトガーズ Ken Ruettgers はUSCから1985年ドラフト1巡7位でパッカーズに入団。2年目に先発定着すると、以後10年間にわたって不動の先発左タックルを務めた。1992年にホルムグレン新HCが旧政権から引き継いだ選手の中で、WRスターリング・シャープやSリロイ・バトラーに次ぐ中核選手だったと言える。残念ながら1996年はケガのためスーパーボウル制覇をサイドラインから見届け、そのまま引退となった。
- ルトガーズは、引退したアスリートが生きていくための支援をする非営利団体 Gameover.org を2000年に設立したほか、現在はコミュニティ・カレッジで社会学を教えている。
フィールドを見下ろして記念撮影
元RBアーマン・グリーン 殿堂入りセレモニーにて
元LTケン・ルトガーズ 殿堂入りセレモニーにて
パッカーズ・プロショップ新装開店を伝える地元ニュース