グリーンベイ・パッカーズ ニュース

2012年5月24日

フロント再編を発表

パッカーズがフロント再編を発表した。レジー・マッケンジーとショーン・ヘロックがレイダーズに移ったことに対応したもので、カレッジ部長だったジョン・ドーシーが人事部長となり、エリオット・ウルフがプロ人事部長に、ブライアン・グートクンストがカレッジスカウト部長に昇格する。

有力ポストに外部からの招聘はなく全て内部昇格というところも、ケミストリー重視のトンプソンGMらしい人事と言えそうだ。長年ヒラで頑張ってきたスカウトたちの昇格も多く、彼らが昇格した穴には新たに3人のスカウトを新規採用している。

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カレッジスカウト部長のジョン・ドーシーが "Director – Football Operations" という肩書となった。(これまでも実質はそうだったが)カレッジだけでなく人事全般を担当し、トンプソンGMに次ぐ人事部門のナンバー2となる。スカウトの道に入って22年、カレッジスカウト部長を14年にわたって務めてきたが、マッケンジーの退団でようやくひとつ階段を上ることができた。

メリーランド州出身の51歳。コネチカット大から1984年ドラフト4巡指名でパッカーズに入団、控えLB兼スペシャルチーマーとして76試合連続出場し、STのキャプテンも務めた。1984年のスペシャルチーム35タックルは現在でも球団記録だ。1989年にヒザの大ケガを負って引退すると、1991年に古巣パッカーズのカレッジスカウトとなり、1997年には早くもカレッジスカウト部長に昇進。1999年にはマイク・ホルムグレンやトンプソンとともにシーホークスに引き抜かれたが、わずか1年でグリーンベイに戻り、カレッジスカウト部長を務めてきた。

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エリオット・ウルフはプロ人事副部長からプロ人事部長に昇進。これは早くから確実視されていた人事で、実質的にレジー・マッケンジー(レイダーズ新GM)の仕事を引き継ぐのだろう。30歳の若さだが父ロン・ウルフの七光りで出世しているわけではなく、その眼力の確かさで以前からスカウティング部門のライジングスターと注目されていた。昨年から今年にかけて2球団から誘いがあったことからも評価の高さがわかる。

父ロンがレイダーズにいた時代にオークランドで生まれ、9歳のときに父とともにグリーンベイに移り、高校卒業までここで過ごした。10歳の頃からランボーフィールドに来て父のフィルム分析をアシストし、1993年以来パッカーズの全ドラフトに精通。マイアミ大在学中はフットボールのリクルーティング部門をボランティアで手伝った。卒業直後の2004年に(父は引退していたが)マイク・シャーマンHC/GM時代のパッカーズに加わり、レジー・マッケンジーの下でプロ人事アシスタントに。2008年春にははやくもプロ人事副部長に昇進していた。

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南東部担当スカウトだったブライアン・グートクンストがジョン・ドーシーの後任としてカレッジスカウト部長の重責を担う。ヘロックの後任として副部長になると見られていたが、一気に二段階の大出世となった。ノースカロライナ州出身の38歳。ウィスコンシン大ラクロス校で2年プレーしたあと肩を負傷してアシスタントコーチに。卒業直後の1997年にインターンとしてパッカーズに加わり、東海岸担当の2年間を経て2001年から南東部担当スカウトを務めてきた。

ウィスコンシン大ラクロス校でのチームメイトにはWRビル・シュレイダーもいた。父ジョン・グートクンストは1985年から92年までミネソタ大のヘッドコーチを務め、その後もラトガーズ大やノースカロライナ大などでディフェンシブコーディネーターやDBコーチを歴任している。

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南西部担当スカウトだったアロンゾ・ハイスミスは新設の"senior personnel executive"に。具体的な仕事内容はわからないが、今後はプロ人事部門もアシストするらしい。マイアミ大ではRBとして大活躍、1987年1巡3位でオイラーズに入団したもののヒザのケガにも苦しみ、7年間で1195yds・7TDと期待外れに終わった。引退後はプロボクシング(ヘビー級)で4年間に27勝(23KO)1敗2分けの成績を残し、1999年にパッカーズのスカウトに。

ロン・ウルフ元GMによると、1999年にWRドナルド・ドライバーを7巡指名したのも彼の貢献が大きかったという。これまではテキサスに住んでいたが、昇格にともなってグリーンベイに引っ越してくる。

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カテゴリ : Coach/Front Office