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けんちゃんの第32回スーパーボウル観戦記 (その6)

荷をほどくのももどかしく、眠たいのも何のその、Mさんと私はホテルを後に再びサンディエゴのダウンタウン、ガスランプ地区へと慌ただしく出掛けました。何故かMさんまで元気一杯です。今度は全く迷うことなくガスランプ地区へ着きました。理由は簡単。みんな、そこへ向かっているからです。

ここはサンディエゴ一の繁華街で、さしずめ東京で言えば銀座、ニューヨークで言えばフィフスアヴェニューと言ったところでしょうが、通りの角々にはガス灯が点り、ずっと情緒があります。もっとも、今日は、いや、この何日間はアメリカ、いや、日本も含めて世界中から集まったフットボールファンの波で情緒どころではないでしょうが。今は夜の9時過ぎですが、どこもかしこも人、人、人の群れで大にぎわい。まったく、歩くのにも一苦労するほどです。

私を送り届けると、Mさんは「いざ、港の撮影」と行ってしまったが、なに、帰りはタクシーで帰ればよろしい。これが、とんだ考え違いであったことは数時間後に判明するのですが、今はそれどころではない。何しろ、4番、36、86、89、92番、ありとあらゆるグリーンとゴールドのジャージーが町中を闊歩しているし、こちらに呼び掛けてくる。店という店にはそのジャージーは勿論、チーズヘッド、Gマークのグリーンのキャップ、スーパーボウル記念グッズその他諸々、いっぱい、いっぱい並んでいます。私の周りはPackers一色だったのです。ブロンコスですら影が薄い。

クリックすると拡大します皆さんなら私の喜び、歓喜のほどがわかるでしょ。私は思わず目眩がして涎が出そうになりました。(幸いにして、今は「そうではない」という事を知っていますが)その頃の私は人口10万人足らずの田舎町にフランチャイズを置くチームがスーパーボウルに出るのは、まあ、言ってみれば近鉄バッファローズが日本シリーズに出るようなものか(失礼、近鉄ファンの皆様)と思っていましたが、実は近鉄バッファローズと違って(失礼、近鉄ナインの皆様)Packers、なかなか、どうして人気があるのです。

それで、私はあっちにふらふら、こっちによたよたしながら至福の数時間を過ごし、両手に持ちきれないほどのNFL、Packerグッズを持ってそろそろ12時近くになるので、いっこうに人の波は減らないけれど、取りあえずホテルに帰ることにしました。明日もあることだし。つい先ほど通り過ぎたコンベンションホールの隣にメディア用の立派なホテルがあって、それが今回とてもお世話になった奥田秀樹さんの宿泊しておられるマリオットホテルだとわかっていたので、日本からのお土産のお饅頭をことづけた(奥田さんは無論お留守でした)のですが、その時に、タクシーが次々に吸い込まれて行っていたのを目にしていたので、迷わずそこでタクシーを待つことにして引き返しました。

ところが、マリオットホテルの前はタクシー待ちの外人じゃない、アメリカンで長蛇の列。それなのに、タクシーはホントに思い出したようにしか来ない。ホテルのボーイのお兄ちゃんが『今日はスーパーボウルの前々日なので、・・・』とか何とか言っています。良くはわからないけれど、要するに「今日はとても普通の状態ではないので、往来で拾った方が早い」とでも言った(ような気がした)ものですから、ポカンと大口開けて待ってても仕方がないので再び街にタクシーを拾いに戻りました。

でも、どこを空のタクシーが走っているものやら、街の様子も何も分からないのだから、つかまる訳がありませんわな。2、3回場所も変えてみたけど、全然駄目。シンデレラお約束の12時はとっくに過ぎて、そろそろミッドナイトが近付いて来ました。さしもの喧噪も少しずつ納まってきたような気もします。仕方がない、マリオットホテルに逆戻りです。急がば回れ、ね。これ、教訓。呆れたことに、マリオットホテルはまだ長蛇の列であります。勿論、最後尾に並びます。陽気なアメリカンは『まあ、何たる事でしょう』とか『吃驚しちゃうね、ホント』とか何とか言いながら、それでも満更でもなさそうな顔をして並んでいます。

タクシーが到着する度にボーイ君が何か叫ぶと何人かが車に殺到します。恐らく同じ方向へ行く連中を募っているのでしょうが、こちとらどの方角が同方面なのか無論ちっともわかりゃしません。大人しく私の順番が来るのを待ってる他ありません、シュン。かくて、小1時間。遂に私のタクシーがやって来ました。と、何を思ったか私の次に並んでいたお姉ちゃんの一団が乗り込もうと駆け寄る。しかし、ボーイ君がちゃんと『ノウ、あの日本の紳士が先である』と言ってくれました。私はまたアメリカが少し好きになりました。ボーイにホテルの名前を告げてやっとタクシーに乗り込みました。

と、『ごめん、ごめん、そっちにつめて』とか何とか言いながら件のお姉ちゃん二人と大男二人も乗り込んで来た(大きなタクシーなんです)ではありませんか。考えてみれば、それも道理で今まで待っていた、ということはそっちゃ方面の車が来ていなかったということですから、彼女達が私と行く先が同じ方向でも何の不思議も無い訳です。さすがにこれだけ乗ると車内も狭いので、隣のお姉ちゃんが盛んにスカートの裾をずり上げながら

「スーパーボウルを見に来たの?」
「イエス」
「どっから?」
「日本」
「わー、すっごい。何時着いたの?」
「今日」

最初は紋切り型に聞かれた事だけを答えていたのですが、だんだん調子に乗って来た私は

「俺はPackersファンだ(92番のジャージー、見りゃあわかるって)。明日は(もう明日ですから)きっとPackersが勝つだろう」(後ろで喚声が上がりました)
「エルウエイには同情しない」(再び喚声)なんて事を下手糞な英語で喋り続けました。

「それはそうと、今日着いたってどこのフライト?」 って聞くので
「ユナイテッドエアーだ」 と答えたら、全員が
「それは最高の選択だった」 と声を揃える。
「Why?」 と聞いたら
全員そこで「Working for」 だと言います。私が
「そんなこったろうと思った」 と言ったら、全員で大笑い。

そうこうしてる内に私のホテルに着いたので、割り勘分を払おうとしたら、大男の一人が「また、今度もぜひユナイテッドに乗ってくれ。Packersはきっと勝つよ」と言ってタクシー代はいらない、と言います。そこで、私は日本流に深々とメイクアバウをして彼等を見送ったのです。私が「アメリカってとっても良いところだなあ」と思ったのは言うまでもありません。かくして、長い長い23日は終わりました。

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updated : 2002/05/04