グリーンベイ・パッカーズ ニュース

2004年3月22日

ジョニー・ローランドRBコーチ

今年の正月、60歳のジョニー・ローランドは、カーディナルスから解雇されたのを機に、そろそろコーチ稼業を引退し、ラジオの仕事に戻ろうとしていた。そこへ懐かしのグリーンベイから声がかかった。NFLのランニングバックとして8年間活躍して引退した彼が、パッカーズのダン・デヴァインHC(ミズーリ大での恩師でもあった)から声をかけられて初めてコーチとなったのは、1974年のことだった。30年かけて、彼は出発点に戻ったのだ。

「一時的にコーチ業を離れていた1980年から1984年まで、私はラジオ局をやっていたんだ。この1月にはそこへ戻ることを、ほぼ決めたところだった。しかし幸運にもそれを少し遅らせていたところへ、パッカーズからお呼びがかかった」

今でもグリーンベイは、NFLの中ではスモールタウンとして知られているが、ローランドがこの街を去った1975年と比べると、大きな発展を遂げたと言える。「いろいろなことがずいぶんと変わった。今でも小さなコミュニティだが、それでもあの頃と比べれば、飛躍的に発展したよ。その中でも新スタジアムは美しい殿堂のようだ。しかし、変わらないものが一つある。この街の人々がいかに深くパッカーズを愛しているか、ということだ」

「2003年にはパッカーズとの対戦があったし、シーホークスにドラフトされたり、パッカーズにトレードされた時にも、アーマン・グリーンのことは調べる機会があった。プライムタイムにプレーすることが多いから、テレビでもじっくり見てきた。遠くからだが、彼のタレントを賞賛してきた。彼がNFL最高のオールラウンドRBというのも、あながち無理な議論ではないだろう。アーマンはタフでフィジカルなランナーだ。それに素晴らしいスピードで、エンドゾーンまで走り去ることができる」

アーマン・グリーンのようなトップクラスの選手を担当することには、ローランドは慣れている。伝説の名RBウォルター・ペイトンと5年間一緒に過ごしたが、その頃のペイトンはすでに超一流のキャリアを築いた晩年だった。「彼はまさに最高の中の最高だったね。彼には巨大な才能と実績があるにもかかわらず、コーチされることをとても望む選手だった。私たちは幾度も理性的な議論を重ねたし、常にゲームから真摯に学ぶ姿勢が彼にはあった。8年のプロ経験を持ち、コーチの客観的な目で彼を助けようとする私を、尊敬してくれていた」

昨年はアリゾナで、そのウォルター・ペイトンの記録を破ったRBエミット・スミスを指導する機会に恵まれた。「ペイトンの時ととてもよく似た経験だった。彼らのようなフットボール史上最高の選手たちが、常にコーチされることを望む、というのも驚くべきことだ。非常な才能に恵まれただけでなく、常に少しでも相手より優位に立とうと、ゲームから学ぼうとする。常に研究を怠らなければ、生まれ持った才能だけでプレーするよりも、ずっと長くキャリアを続けることができるものだ」

カテゴリ : Coach/Front Office, History