| グリーンベイ・パッカーズ年譜 | ||
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| 年度 | できごと | 代表的人物(殿堂入り) |
| 1919年 | 8月11日、カーリー・ランボーとジョージ・カルフーンの呼びかけに応じたメンバーが Green Bay Press-Gazette紙の編集室に集まりチーム結成 | |
| 初年度の成績は10勝1敗 | Earl (Curly) Lambeau | |
| 1921年 | American Professional Football Association に加盟(後のNFL) | |
| 1922年 | 大学選手起用の不正が発覚しフランチャイズ権を剥奪。ランボー個人が資金を調達しNFL再加入。彼が1年だけオーナーも兼ねることに | |
| 1923年 | 経営危機が株式発行によって救われる。ファン所有の非営利法人化。Andrew B. Turnbull が初代社長に就任 | |
| 1925年 | City Stadium 完成。当初のキャパシティは約6,000人 | |
| 1929年 | 無敗で初のNFL制覇 ランボーは現役引退してHC/GMに専念 |
Robert (Cal) Hubbard |
| 1930年 | 2連覇 3年がかりで22連勝を達成 | Mike Michalske |
| 1931年 | 3連覇 | Arnie Herber |
| 1932年 | 10勝3敗1分けで惜しくも4連覇を逃す | John (Blood) McNally |
| 1933年 | 初めてミルウォーキーでホームゲームを行う (~1994年) | |
| 1934年 | スタンドからファンが転落して巨額の賠償金。財政破綻に陥るが、二度目の株式発行により、グリーンベイの人々がチームを救う | |
| 1936年 | 4回目の優勝 (プレイオフ制になってからは初) | Clarke Hinkle |
| 1938年 | 5回目の優勝 | Don Hutson |
| 1941年 | 10勝1敗ながらプレーオフでベアーズに敗れ優勝を逃す(真珠湾攻撃のわずか1週間後のこと) | |
| 1942年 | セシル・イズベルがNFL初の2000ydsパサーとなるが突如引退 | |
| 1944年 | ジャイアンツを倒して6年ぶり6回目のNFL制覇 | Tony Canadeo |
| 1950年 | 設立以来ヘッドコーチだったカーリー・ランボーが辞任 | |
| 三度目の株式発行。ウィスコンシン州全体からの支援により財政再建 | ||
| 1957年 | New City Stadium (後にランボー・フィールドと改名)が完成 当初の収容人数は32,150人。建設コストは$96万ドル |
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| 1959年 | ヴィンス・ロンバルディがHC兼GMに就任。12年ぶりの勝ち越し | Vince Lombardi |
| チームカラーのグリーン&ゴールドはこの時期から完全に定着(51年から58年はネイビーとグリーンをいったりきたり) | ||
| 1960年 | 44年以来の西地区優勝。イーグルスに敗れてNFLタイトルは逃す | Jim Ringo |
| 1961年 | 初めて地元で行われたNFL決勝でジャイアンツを完封し7回目の優勝 | Paul Hornung |
| ヘルメットのGマークはこの年から | ||
| 1962年 | またもジャイアンツを下して2連覇。8回目の優勝 | Jim Taylor |
| 1963年 | ポール・ホーナングがギャンブルスキャンダルで1年出場停止 | Bart Starr |
| 1965年 | カーリー・ランボーが死去。スタジアムをランボー・フィールドと改名 | Forrest Gregg |
| ブラウンズを下して9回目の優勝 | Ray Nitschke | |
| 1966年 | カウボーイズを下して2連覇 10回目の優勝 | Willie Davis |
| 第1回スーパーボウルでK.C.チーフスを下し初代チャンピオンに | Henry Jordan | |
| 1967年 | "The Ice Bowl"でカウボーイズを下してNFL3連覇 | Herb Adderley |
| レイダースを下してスーパーボウル2連覇 | Willie Wood | |
| SB終了後、ロンバルディHCが辞任しGMに退く。後任はフィル・ベングストンが昇格 | ||
| 1969年 | ロンバルディがGMを辞任してレッドスキンズHCに | |
| 1970年 | 9月3日、ヴィンス・ロンバルディが死去。享年57歳 | |
| 1972年 | ダン・デヴァインHCの下で5年ぶりの地区優勝 | |
| 1974年 | 大型トレードでQBジョン・ハドルを獲得するも大失敗 | |
| 1975年 | 名QBバート・スターがヘッドコーチに就任 | |
| 1982年 | 72年以来10年ぶりのプレイオフ出場 (ストライキにより短縮シーズン) | James Lofton |
| 1983年 | バート・スターHCが辞任、後任は名OTのフォレスト・グレッグ | |
| 1982年 | またもストライキ。代替選手チームでシーズン続行(3試合) | James Lofton |
| 1988年 | フォレスト・グレッグHCが辞任、後任はリンディ・インファンテ | |
| 1989年 | ボブ・ハーランが社長に就任 | |
| ドラフト1巡2位で注目のOTトニー・マンダリッチを獲得するが大失敗 | ||
| 17年ぶりで10勝を挙げるがプレーオフを逃す | ||
| 1991年 | ロン・ウルフがGM兼副社長に就任 | |
| 1992年 | マイク・ホルムグレンをヘッドコーチに指名 | |
| ドラフト1巡指名権とのトレードでQBブレット・ファーヴをファルコンズから獲得 | ||
| 第3週ベンガルズ戦でファーヴがリリーフ登板して逆転勝ち。翌週から連続先発記録が始まる | ||
| 1993年 | フリーエージェント制導入とともにDEレジー・ホワイトが入団 | Reggie White |
| 82年以来11年ぶりのプレーオフ出場 | ||
| 1994年 | 1933年からミルウォーキーでも行われてきたホームゲームはこの年が最後に | |
| 1995年 | 1972年以来23年ぶりの地区優勝 | |
| 1996年 | ペイトリオッツを下し29年ぶりのスーパーボウル制覇。 12回目のNFLチャンピオン 優勝パレード写真 |
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| 1997年 | 3年連続地区優勝 2年連続でスーパーボウル出場するがブロンコスに敗れる | |
| 1998年 | 6年連続プレーオフ出場を果たすが49ersに逆転負け | |
| プレーオフ敗退後、ホルムグレンHCが辞任しシアトル移籍。後任はレイ・ローズ | ||
| 1999年 | シーズン終了直後にレイ・ローズHCを解任、後任はマイク・シャーマン | |
| 2001年 | ロン・ウルフGMが引退、シャーマンHCがGM兼任に | |
| 3年ぶりのプレーオフ進出 | ||
| 2002年 | 5年ぶりの地区優勝 | |
| 2004年 | 3年連続地区優勝、4年連続プレーオフ出場 | |
| マイク・シャーマンのGM職を剥奪、テッド・トンプソンがGM就任 | ||
| 2005年 | シーズン終了直後にマイク・シャーマンHCを解任、マイク・マッカーシーが後任に | |
| 2007年 | 3年ぶり地区優勝 10年ぶりNFC決勝進出 | |
| 2008年 | ボブ・ハーラン会長が引退、マーク・マーフィが新社長兼CEOに | |
| ブレット・ファーヴ涙の引退、復帰騒動、トレード。アーロン・ロジャースが先発QBに | ||
| 2009年 | ワイルドカードでプレーオフ。CBチャールズ・ウッドソンがディフェンス最優秀選手に | |
| 2010年 | スティーラーズを下し14年ぶり4回目のスーパーボウル制覇。13回目のNFLチャンピオン | |