グリーンベイ・パッカーズ ニュース

2008年5月12日

QBブライアン・ブロームと兄

2巡b指名のQBブライアン・ブロームはケンタッキー州の有名なフットボール一家に育った。高校時代は父オスカーがQBコーチ、ルイヴィル大では兄ジェフがQBコーチそしてOCとして彼を教えたので、パッカーズに入団して初めて父や兄から離れてプレーすることになる。決して甘やかされてきたわけではなく、現実はその逆だった。彼は普通の選手より厳しい指導を受け、周囲からの大きな期待とプレッシャーの下で活躍を重ねてきた。

13歳年上の兄ジェフは、同じくルイヴィル大で3年間先発QBとして大活躍したあと、NFLでは7年間おもに控えQBとしてプレーした。90年代半ばに49ersに所属していたため、弟ブライアンもQBスティーヴ・ヤング、ジェリー・ライス、TEブレント・ジョーンズといった名選手たちと会うことができた。「8歳とか9歳の子供にとって、NFL選手の兄を持つというのは最高だったね。NFLのゲームを間近で見たり、ロッカールームにも入れて、ものすごくクールな経験だった」とブライアン。

プロ引退後の2003年に母校ルイヴィル大に戻ったジェフは、QBコーチを4年間、そして昨年からアシスタントHC兼オフェンシブコーディネーターを務めている。いっぽう、全米屈指の高校QBとして活躍したブライアンは、大学ならよりどりみどり選べる身分だったが、父や兄たちが活躍した地元のルイヴィル大を選んだ。一家の伝統を守るという意味では筋の通った選択だが、プレッシャーは半端でない。しかも、兄ジェフの鬼のような指導が待っていた。

「ブライアンを教えるのは他の選手よりも大変だった。おそらくブライアン自身は、入学前に思っていたほど(兄に指導されることを)好きになれなかったことだろう。彼のコーチになることで、2人が引き裂かれたとは思わない。しかし、より親密にしたわけでもないように思う。そのかわり、より深いところでの絆を作ることができた」とジェフは振り返っている。

「弟が自分と同じポジションをプレーするのだから、こちらとしては普通より高い水準を求めることになる。高すぎるぐらいにね。私はブライアンに対し、誰よりも多くのことを求めた。ほんのささいな失敗でも私は激怒したものだ。ブライアンにとってよかったのは、彼自身が最高の選手になりたいと望んだことだ。私の要求はときに高すぎることもあったが、もともと彼は自分自身に対して非常に厳しかった」

兄ジェフの指導についてブライアンは、「たしかに彼は僕に対しては他のQBよりも厳しかった。しかしそれはよいことだった。彼はNFLの経験もある。たいへんな知識を持っているし、僕は4年間できるかぎりのことを吸収した。いや大学以前からだ」と語っている。すでに8年生(中学2年)のときに、7ステップドロップのやり方などQBの正しいフットワークについて兄から教わったことを覚えているという。

「グレッグ(WRとして同大で活躍)やジェフの弟」という目でみられながら育ったブライアンだが、ルイヴィル大を率いて活躍するようになると、立場が逆になった。2007年のオレンジ・ボウルを勝つころには、「グレッグやジェフはブライアンの兄」という雰囲気になっていた。

「ブライアンは非常に口うるさく気難しいコーチ(ジェフ自身のこと)の下でプレーしたから、コーチとの付き合い方も少し上手くなっているはずだ。兄からコーチされるという経験は時にはつらいものだったろうけれど、我々は素晴らしい関係を築いている。これからは一歩下がったところから、私は彼の成長を見守ることができる。そして彼が必要としたときには、どんなことでもして彼を助けるだろう」とジェフは語っている。

カテゴリ : Draft, Player