グリーンベイ・パッカーズ ニュース

2008年3月 8日

ブレット・ファーヴ涙の引退会見

全米メディアがつめかけた注目の引退記者会見は、ランボーフィールド内ながら普段の会見場よりも広いホールで行われ、パッカーズ公式サイトおよびNFL公式サイトでも生中継された。マッカーシーHCやトンプソンGMなど球団関係者、それに妻ディアナもテーブルの脇に姿を見せている。

やがて現れたファーヴは、いつものとおりくたびれたジーンズに淡いブルーのシャツ、といういでたち。質疑応答に先立ってファーヴは原稿なしでスピーチを始めたものの、すぐに涙がこみ上げて言葉にならない。頬を涙がつたい、何度も何度も大きなため息をついて気持ちを整えながら、以下の引退表明を行った。

会見ビデオ映像

僕がここに来た理由はみなさんご存知のことと思う。僕はNFLおよびグリーンベイ・パッカーズから、正式に引退する。・・・感情的にはならないと約束して来たんだけど・・・可笑しいよね、何百人もの選手が引退する姿を見てきて・・・自分は用意ができていると思ったのに・・・。僕は多くのことを神に恵まれてきた。能力、素晴らしい家族。ここでどのように謝辞を述べるべきか、今朝グリーンベイまで飛ぶ間にいろいろな考えが浮かんだけれど、自分の能力を使う機会を与えられ、そのチャンスをモノにするすることができたのは神のおかげで、そのことに感謝している。

同じように、僕に機会を与えてくれたパッカーズにお礼を言いたいと思う。支払ってくれた1ペニーたりとも・・・無駄にはさせなかったと僕は思いたい。金や名声や記録など、僕にとって重要だったことは一度もない。"僕"の業績ではなく、"僕ら"の業績なんだ。一緒にプレーした仲間たち、たくさんのチームメイト。僕にとって大事なのは自分でなく、他の人たちだった。たまたま自分のプレーするポジションが注目を集めてしまうだけだ。パッカーズとの間には素晴らしい関係を築くことができた。僕が球団を大事にしているように、球団やファンも僕のことを大事に思ってくれたらと思う。

誰もチャンスをくれなかったときにチャンスをくれた、ロン・ウルフとマイク・ホルムグレンに感謝せずにはいられない。それにまた、マイク・マッカーシー、テッド・トンプソン、ボブ・ハーラン、QBコーチのトム・クレメンツ、ダレル・ビーヴェル、アンディ・リード、スティーヴ・マリウッチ、マイク・シャーマン、レイ・ローズ、トム・ロスリー、他にもたくさんの名前を挙げることができる。僕が望んだとおり、いやそれ以上の年月を過ごすことができた。準備ができていると思ってはいても、去っていくのはやはりつらい。引退の理由について、いろいろと取り沙汰されていることは知っている。パッカーズが十分なことをしたとかしなかったとか。テッドやマイクが僕に残るよう十分に説得したとかしなかったとか。そういったことは僕の引退とは何も関係がない。自分の心から出たことだ。

僕は自分の持てる力すべてを、この球団、そしてフットボールに捧げてきた。そして、これ以上何も残っていない。 もうこれで終わりだ。まだプレーできる力があるのはわかっている。しかしもうプレーする気持ちになれない。結局のところはそれに尽きる。他の理由を探り出そうとしたり、ああしていればどうなったか、とか、彼が現役復帰するかどうか、とか詮索する向きもあるだろう。しかし大事なのは、僕にとって素晴らしいキャリアであり、それがもう終わったということだ。僕がプレーするやり方は1つしかない。100%の力でプレーすることだ。

(試合の)日曜がやってくれば、自分の決断が本当に正しかったのかと思うこともあるだろう。日曜にはきっとそうなると思う。ああすればよかった、こうすべきだったと僕は言うに違いない。数多の選手たちの引退会見のように 『現役生活を恋しく思うことなどない』 などとは、僕は言わない。きっと思うに違いないから。しかし、僕が与えられるものはもう何もないと思う。日曜の3時間だけならいいとしても、フットボールにおいてはそれではダメだ。プレーを続けるには、自分の全てを捧げなければならず、これまで僕はずっとそうしてきた。

自分のキャリアを振り返って、後悔はない。何ひとつ後悔はない。たしかに、もっと試合に勝てたらよかった、今年スーパーボウルに行けたらよかった、インターセプトが少なければよかった、タッチダウンがもっと多ければよかった、そういうことはあるにしても、後悔は何もない。自分のやり方で僕はプレーした。僕が知っている唯一のやり方で。

ファンへの感謝の気持ちを述べておかなければならない。僕が笑い僕の家族が笑えば、彼らも一緒に笑ってくれた。僕が泣けば、彼らも一緒に泣いてくれた。僕が歓声を上げれば、彼らも歓声を上げてくれた。僕がインターセプトを投げれば、まあこれは・・・ね。この街は僕に完璧にフィットしていた。サザンミシシッピの、ハンコック郡から来た南部の少年が、他の子たちと同じように大きな夢を抱えて、ここでプレーした。プレーするのにこれ以上の場所はない。

自分がNFL史上最高の選手の1人に数えられ、この球団ではレジー・ホワイト、バート・スター、ポール・ホーナング、ウィリー・デイヴィス、ウィリー・ウッド、ハーブ・アダリー、ジム・テイラー、レイ・ニチキ、ヴィンス・ロンバルディといった人々と同列に語られるのは、大変な名誉だと思っている。これがどれほど特別な名誉であるか、自分がどれほど感謝しているか、全ての人々が理解してくれたらと願っている。そしてことわざにもあるように、どんな素晴らしいことにも必ず終わりが・・・終わりが訪れる。

しかし、どんな将来が自分を待っているか、僕は楽しみにしている。ディアナと2人の娘、ブリタニーとブリレイ。ディアナと家族がそばで僕を支え、(ウィスコンシンとミシシッピを)行ったり来たり、何度も転校したり、いろいろな不都合に耐えてくれたことに、心から感謝している。みなさんいろいろ質問があるだろうから、できる限り答えようと思う。たくさんの疑問に答え、心から話そうと思う。

 

以下の質疑応答が始まってようやく、涙を流さず普通に話せる状態になった。

 

Q. ファンの多くが、「ブレットは今は疲れていても、時間が経てば気持ちを変えてくれるはず」という気持ちでいます。今のあなたの言葉を聞くとそうは思えませんが

昨年と一昨年は、もう自分は疲れ果てたと思っても、しばらく経って、僕は帰ってきた。しかし、今回は戻るべきではないと、何かが僕に告げたんだ。やはり時間はかかった。もう一度言うが、正しい判断だったかどうか、僕は何度も振り返って考えてみた。しかし僕の今の状況は非常にユニークなものだ。プロ17年間の中でも上等なシーズンを過ごし、チームも素晴らしい年で、全てがよくなっていきそうで、チームも僕の現役続行を望んでいて、僕もまだ(能力的に)プレーでき、たいていの人が僕が現役続行を予想し、また望んでくれている。NFL18年目にもなるのに、これは非常にユニークな状況だよ。しかし来季の自分やチームに(素晴らしい結果になるとの)保証は何もない、僕にはそれがよくわかる。

これはタフな仕事で、昨年も一昨年も、自分が現役を続けるかどうか自問したのは、僕が十分高いレベルでプレーできていなかったからだ。世間も僕の力を疑問視した。ただ、自分が全てを打ち込めるかどうかについては疑問を感じなかった。能力が残っているか自問してみただけだ。しかし今年は、初めてのことではないが、ストレスの部分がより顕著になってきていた。重荷は大きい。それはこれまでずっとそうだったが、年を重ねるごとに、より意識するようになった。このリーグで勝つことが、高いレベルでプレーすることがいかに大変か、より意識するようになった。僕はもうその挑戦を続けていけない。プレーはできても、もうその挑戦には耐えられない。日曜に出勤して3時間プレーするだけじゃダメなんだ。それが可能なら、もっと多くの人たちがより長くやっているだろう。僕はあまりにプライドが大きく、自分に多くを期待する。そして、自分が100%の力で打ち込めないのなら、僕はプレーできないんだ。

Q. 引退を検討する上で、プレーオフ最後のプレーはどれほどの影響を? フィールドを去る際にどれぐらい考えました?

フィールドを去る際にはそれほど考えなかった。あのゲームそしてシーズンについて、違った結末を望んだのは当然のことだ。しかし1プレー、1ゲーム、1シーズンで僕への評価が決まるわけじゃない。試合終了時点で、今後自分がどうするかはわからなかったし、わかってたのは、しばらく離れて考えなきゃならない、ということだけだ。いい時にやめなきゃダメだとか、こういう辞め方をしろ、ああいう辞め方をしろ、などと毎年聞かされてきた。僕は、いい時にやめる。本当だ。他人の考えはどうでもいい。

素晴らしいキャリアだったし、もう一度言うが、何も悔いはない。キャリアを振り返って、敗戦も悪いプレーも浮き沈みも、全てが僕にとって大切な思い出だ。自分たちが常に完璧だったなどと思うのは、僕は嫌いだ。成功に至るまでどれだけ困難だったか軽視することになるからだ。たくさんの敗戦や悪いプレーがあったけれど、だからこそデンバー戦の最後のプレー(82ydsのサヨナラTDパス)のようなことがより美しい思い出になる。

Q. オフシーズンとシーズン中のどちらがより大きな重荷だったのでしょう?

ミニキャンプ、トレーニングキャンプ、それにオフシーズンの個人的なトレーニング、どれもみな大変なことだ。しかし、来季に向けて準備することならたぶん可能だっただろう。誰にとってもきつい仕事だが、それは今回の決断にあまり影響を与えなかった。それよりもシーズン中の精神的な緊張だ。マイク(マッカーシーHC)がよく知っているが、僕は試合前日夜8時半までここに残ってフィルムを見た。あそこまで準備したのは昨年が初めてだった。試合後数時間経って家に帰ると、勝利を楽しむ間もなく、コンピュータを取り出して次の対戦相手のフィルムを見た。いつかはリラックスして楽しまなければならないのに、僕は自分があまり楽しめていないことに気がついた。勝つことは楽しいけれど、もう少しはリラックスして勝利を楽しめなければ。そのことが、自分にとって何よりも大きかった。

Q. 来季に向けてチームや(後継者の)アーロン・ロジャースと関わっていく?

彼と話はするだろう。マイクとも話すだろう。しかしチームにはちゃんとコーチがいて、僕が17年活躍したからといって専門家になれるわけじゃない。自分のうまくいったやり方が、他の選手にも有効とは限らない。自分の立場を笠に着て、いつまでもチームにへばりついてるようなヤツにはなりたくない。むこうとしてはこちらにノーと言いにくいんだから。僕が生涯グリーンベイ・パッカーか? もちろんだ。だからといって、しょっちゅう出入りして自分の意見を言ったりすることはない。

パッカーズにも、そしてアーロンにも、成功を祈っている。彼には才能があると思うし、素晴らしい仕事をすると思う。彼がブレットから学ぶべきだという話をこの3年間よく聞いたが、どういう意味か僕にはわからない。彼は彼であって、彼のやり方を貫くべきなんだ。プレー以外のこと、特定の状況でどのように対処するか、チームメイトとの関係などについては、僕から学び取っていてほしいと思う。

もともと僕は声に出していろいろ言うタイプのリーダーではないし、それはずっと変わらない。僕はいつもプレーを楽しみ、みなとゲラゲラと笑ったりすることが好きだった。しかし最近はそれが減ってきたことに自分でも気がついた。その意味では、自分が昔ほどよいチームメイトでなくなったのかもしれない。そのことも、今回の決断に多少の影響があった。

来季のことは考える気にもなれないんだ。試合はもちろん見るだろう。でもチームに関わっていくかといえば、いつもジョークのネタにしていたように名誉コイントスとか、そんな時はここに戻ってくることもあるだろうけどね。しかしアドバイスしに来るようなことはないと思う。

Q. 今後なにをするか計画はないと言いましたが、何か楽しみにしていることは?

(質問が終わらないうちに) 何もない。何もないよ。昨夜ロン・ウルフにも「これからどうするつもりだ」と聞かれたけど、何もないと答えた。何かやりたいことが見つかるまでは、それだけだ。

Q. たくさんの賛辞や名誉に包まれていますが、自分はどのように記憶されたいと思う?

誰だって、人から好かれ褒められたいと望むものだ。さっき言ったように、自分のプレーのし方、フットボールへの取り組み方、そういったことを評価されたいと思う。僕はスタッツ好きだったことはないし、高校でウィッシュボーンやウィングTをやっていたことや、セーフティとして大学に入ったことも、スタッツへの無関心に影響しているのだろう。そのことはみんながよく知っていると思う。自分が保持している記録のことはちゃんと知っているよ。僕が思うには、記録というのは破られるためにあるもので、そのために記録をつけているんだ。次の選手が記録を破ったときに、テレビ的に役に立つだろう。

でも僕は、自分は記録よりも大きなものを残したと思いたい。もしスタッツでしか覚えていてもらえないなら、それは僕のやり方が何か間違っていたことになる。僕はもっと大きなものを残したと心から信じている。人に僕を好きにさせたり僕を褒めさせたりはできないけれど、人々によい影響を与えることができたと思いたい。彼のプレーぶりはこのようだった、彼はこれほど楽しんだ、と思ってもらえることが僕には重要だ。フットボールはただのゲームであって、僕は誰に無理強いされたのでもない、自分からプレーしたんだ。いつも言っているように、もらった金は添え物にすぎないし、僕のプレーぶりには何の関係もない。

Q. 275試合連続でプレーしたことにプライドを誇りを持っているあなたにとって、自分が以前のように打ち込めなくなったと認めるのは、どれほどつらいこと?

そうだな、イエスでノーだ。275試合続いてきたが、いつかは終わらなきゃいけない。「まだプレーできたのに」と言う人は、僕も含めて、必ずいるだろう。でも僕は、「あいつは長くやりすぎた」と言われる選手になりたくない。いつそうなるか誰にもわからないだろう? あちこち悪いところがあるとはいえ、今はおおむね健康だ。自分のキャリアで僕自身が最も感心するのは、これほど多くのゲームに出場したことだ。連続であろうとなかろうと、これほど多くのゲームでプレーしたのは驚くべきことだ。「おおむね健康」であるうちに去ったほうがいい。キャリアに関しては本当に素晴らしかったし、想像していた以上だった。記録を残すことができたのはあれほど多くプレーしたからこそだし、もう何も証明すべきことは残っていない。本当に何もない。去年だって、証明すべきことなんて何もなかった。連続出場に大きな誇りを持ってはいるけれど、それが終わることはそれほどつらくなかった。僕にとってより大切なのは、自分のやり方で、100%の力でプレーすることだ。自分にもうそれができないと認めるよりもね。

Q. 今朝起きて、ここにやってくるまでどんな気持ちでした?

ディアナが先に来ていて、僕は1人でグリーンベイに飛んだんだけど・・・たくさんのことが頭に思い浮かんだ。朝起きて、ブリレイを小学校まで送った。いつもどおり遅刻でね(笑)。そこまでは普段どおりだった。心の底では、あと数時間で自分はもうグリーンベイ・パッカーでなくなるとわかっていたけれど。とてもつらい気持ちだった。ブリレイは理解してくれていたけど、僕は表には出さなかった。でも会見が近づくほど、喉にひっかかったものがバスケットボール大にふくらんでくる感じだった。

あまりにたくさんの思いが・・・僕はこうして話すのが好きじゃないしね。言いたいことをメモに書くことも考えた。言い残したことがないようにしたい、ふさわしいことを言いたい、誠心誠意話したい、それに、立派な形で去りたかった。そういったことを考えれば考えるほど、気持ちがつらくなった。今は少々ほっとしている部分もあると認めるよ。それなりにスムーズにできたから。でもつらい1日だ。ジェフ(ブランブ広報部長)とはいろいろな形を検討した。僕がここに来てちゃんと区切りをつけることを彼は望み、パッカーズも僕がここに来ることを望んでいた。僕一人で決めるなら、もう少し後で会見することにしただろう。遅らせれば、人々もこの件を忘れてしまっただろうから。でもまあ、こうして終わって嬉しいよ。つらかったし、これからもつらいだろう。今日はものすごく大変だった。でも自分は正しい道を選んだと信じている。

Q. 極めて競争心の強いあなたのことですし、しばらく時間をかけて充電すれば気持ちも蘇ってくるとアドバイスする元アスリートもいるでしょう?

それは人それぞれだと思う。これまでにも、直接間接にかかわらずそうしたアドバイスを聞いた。できる限り長くプレーしろ、辞めろと言われるまでやれと。僕も長くやっていれば、そういうハメになっただろう。僕の状況は他人とは違っている。275試合プレーできる選手は多くないし、僕のようなキャリアを築ける選手も多くはない。ああしろこうしろとアドバイスするのは簡単だ。僕のような状況になった人は多くないし、そのことに僕は感謝している。しかし他人の立場から見ることに僕は用心しなくちゃいけない。ランボーフィールドでTDパスを投げるのと同じ体験をした人を見つけられるか? そうは思えない。スーパーボウルでプレーするのと同じ経験をした人を見つけられるか? 探してみようとさえ思わない。

さっきも言ったように、今後のプランは何もない。この場所は僕のキャリアにとって特別なところだし、他の何かでそれを埋め合わせできるなどと思うほど僕も馬鹿じゃない。こんな経験は他ではできないとよくわかっている。だから探してみようとさえ思わないんだ。それでも人生は続いていくし、何かやることは見つけるだろう。しかし、自分はもう人々の期待に、自分自身の期待に応えなくてよいと思うだけで、しばらくは満足だね。よく言われるように、夕日に向かって去っていくだけ。人生で一度ぐらい、ゆっくりリラックスして楽しむよ。ディアナの言葉を借りると、「バックミラーからではなく、フロントガラスを通して人生を見る」ってこと。まったくそのとおりで、とても重要なことだ。一緒に仕事した仲間やコーチがよく知っているように、僕は高校以来プレーしたほとんどの試合のほとんどのプレーを復唱できる。だから、過去を振り返って「あそこでこうしていたらだって? その試合のことはよく覚えていない」ってことがない。でも僕は、やり直したくてもできない失敗をいろいろとしてきた。今日から先は、フロントガラスから物事を見られたらいいと思っている。

Q. コーチ・ホルムグレンが「フィールド上よりも人間として彼が成長するのを見られたことを誇りに思う」と声明で述べていました。かつての自分と今日の自分について話してもらえますか

僕の履歴については、よく報道されてきたとおりだ。僕は公衆の面前で暮らしているも同然だったけれど、それは構わない。もしもう一度やり直せと言われても、僕はここグリーンベイでやるだろう。グリーンベイの人たちは本当に素晴らしかった。みなさんの前だからそう言っているわけじゃない。まるで地元の人間のように僕らはサポートしてもらえた。素晴らしい16年間だった。引退を明らかにして、自分が死ぬってどういうものかよくわかったよ(笑)。昨夜テレビを観ていて、「まるで僕が死んだみたいじゃないか」と思ったからね。僕をへのさまざまな賛辞をならべ、過去の名試合の数々。

そういったありがたい番組を見ると、僕もずいぶん成長したものだと思うよ。昔のインタビューなどを見ると、当時は自分では何もかも分かっているつもりだったけど、まるで分かっちゃいなかった。しかし幸運にも僕は、たくさんの障害を乗り越えることができた。僕にフットボールの能力があることが大きかった。そのおかげで僕は今こうしてここにいる。フットボールのキャリアを通して、僕はよりよい人間に成長することができた。より好ましい人間にね。そしてフットボールのスキルが多少下がってきても、人間的な部分で補うことができた。フィールド上でのことと同じぐらいに、そういった成長を僕は誇りに思っている。

Q. ディアナもマイクの前に来てもらえますか? グリーンベイ等でお2人がしていた活動について、また今後の予定について聞かせてください

ブレット : 彼女に話はさせないと約束して来たんだけどな。

ディアナ : マイクの前にはあまり来たくなかったのですが・・・。コミュニティの一員として、慈善活動に加わることができたのはとてもありがたいことでした。ここのみなさんはみな本当に協力的で、我々の活動に感謝もしてくれています。ここ(ウィスコンシン)での慈善活動は何らかの形で続けていきたいと思ってはいますが、これまでほどの規模ではなくなるでしょう。

ブレット : 僕らは1年間休むつもりなんだ。

ディアナ : 全てのイベントを1年間休むつもりでいます。ですから毎年6月に開催していたチャリティ・ソフトボールゲームも行いません。たくさんの人々ががっかりされることは承知していますが、正直言って、私たちはいま本当に疲れているのです。

Q. 球団の誰かから引退を思いとどまるよう説得を受けましたか

今週たくさんの報道がされていることは知っているが、事実ではない。信じてほしい。僕は自分でもこの決断に何度も疑問を投げかけてみた。そして正しい決断だと信じている。チーム側がそれを変える余地は残っていない。つらい決断だった。過去2年だって、世間からは「ようやく彼が決断を下した」と言われたが、本当につらかったんだ。決断を下したからといって、自分がそれに疑いを抱くことがないとは思わない。でもそれが人生というものだ。こういった決断を強いられたことがない人には、どれだけ大変か説明のしようがない。でも僕は決断を下し、それで満足するしかない。

Q. さきほどの説明ですが、より努力が必要になって、その結果以前より楽しめなくなったと?

「今年はとても楽しめているようだね」と多くの人が言ってくれた。それもそのとおりなんだ。でもあれが1週間のうち3時間のことに過ぎず、僕も普通の人々と変わらない、ということは理解されていない。自分に対して僕自身も球団も大きな期待をするし、それに応えようとずっと頑張ってきた。それに、ブレット・ファーヴに求められる期待というのはハンパなものじゃない。試合の中で厳しい状況になったとき、誰もが冗談のように、時にはマイク(マッカーシーHC)さえもが僕にむかって言うんだ。「さあブレット、君が本領を発揮すべき時が来た。我々を助け出してくれ」ってね。僕としては「また」と思ってしまう。「今ごろ14点リードならよかったのに」とね。

そういったことがつらくなってきた。成功もしたけど、どんどんつらくなってきた。来年再来年とそれが軽くなることはないと思う。これまでは軽くなることがなかったし、つらくなるばかりだ。現役を続けて、黙って我慢はできたかもしれないが、僕や家族やチームメイトがどれだけの代償を払うことになるのか。その中の誰かに悪影響が出てしまうかもしれない。すでに出ているのかもしれない。チームメイトの代弁をすることなどできないけれど、そういったことはすでに僕のプレーに影響が出ているかもしれない。たとえ1秒でもそういった疑問を感じ、1プレーでも影響が出たとしたら、それはもう去るべきときだ。プレッシャーやストレスがフィールドでの判断に影響を与えてるかどうかなんて、考えてはいられないからね。そんな疑問を少しでも感じ始めたら、たぶんそれが辞めどきなのだと思う。

Q. ロッカールーム、プレー、ゲーム、一番懐かしく思うのはどんなことでしょう?

引退選手によると、たしかにゲームのこともあるが、それよりも仲間のことだ、とみな口を揃えて言うね。ミーティングや練習がなくなってつらいという話はあまり聞かない。でも僕は、そういったこともある程度は惜しむ気持ちがある、数少ない1人かもしれない。ミーティングや練習中には、他の場所にいられたらと思うこともあったけどね。現役中は無理もない。ただこれまでに築いた友情関係は、選手の出入りはいろいろあったものの、本当に格別なものだ。一緒に苦労した仲間のことは、寂しく思うことだろう。

スポーツの中でもフットボールはユニークで、互いに頼り合わなければならないし、フィジカルなスポーツだ。だから精神的なやりがいも他のスポーツより大きい。ひいき目もあるだろうけど。どうやって次の相手を攻略するかミーティングでレシーバーたちと考えたり、デカいラインマンのケツをぴしゃりと叩いたり、そんなこともできなくなってしまう。そういったこと全てを懐かしく思い出すだろう。

Q. あなたが国じゅうから好意的に迎えられていることについて

さあ、それは別の人に聞くべきかもね。ただ時おり耳にしたことから想像すると、「彼は自分たちの仲間だ」と思ってくれるのだろう。実際そのとおりなんだ。たまたま普通とは違う職業、プロフットボールをプレーしているだけ。でも僕らは普通の人間で、みんなと同じような悲劇が僕らにも起きている。普通なら家族内で対処できることを、僕らが衆人環視の前でやっているだけなんだ。だから人々は、「ブレット・ファーヴやディアナ・ファーヴにも家族の悲劇は起きた。がんにも罹った」と身近に感じるのだろう。大金を稼いでいることやテレビに出ていることとは関係ない。言いたくはないが、そういった状況が今後変わることは正直ありがたい。しかしこれも人生だし、衆人環視の前でさまざまな苦難に対処しなければならなかったことも感謝している。それも自分たちの助けになったからだ。

僕が好意的に見られているのは、できる限り自分に誠実でいる、ということもあるだろう。ディアナの姉クリスティから聞いたところによると、今日の放送の中でマーシャル・フォークが「ブレットは何を着てくるだろう」と言ったらしいね。さあマーシャル、このとおりだ(笑)。これ以上ドレスアップすることなどできない。スーツを着ることも検討した。本当だよ。ひげを剃ることもね(笑)。しかし、ご覧のとおりだ。自分は変わらないことを願っているし、じっさい変わらないだろう。本物の人間、という点で人々が僕のことを理解してくれていたら嬉しい。

そしてそれが、僕のプレーのやり方でもあったんだ。スタンドで見ている人たちは、「もしプレーできたら、自分もあんな風にプレーしたい」と思ってくれていた。僕が知っているのはあのやり方だけだったから、そう思ってもらえるのはとても大事なことだ。僕が知っている着こなしはこれだけ。僕が知っている振る舞い方はこれだけ。人々はそれを認めてくれているのだと思う。

Q. スーパーボウルまであと一歩でした。2008年のパッカーズがスーパーボウルを狙えると思いますか? またそのことが引退の決断をより困難に?

そのとおりだ。これは優秀なフットボールチームだから、来年の今ごろはティキ・バーバー(引退したとたんに優勝)のような目に遭っているかもしれない。しかしそういったリスクも付き物だ。僕はスーパーボウルには行ったし、素晴らしいチームでプレーする幸運にも恵まれた。もう一度言うが、後悔はしていないし、(来季自分やチームが活躍できる)保証は何もない。今できるのは予測でしかない。去年パッカーズが13勝すると予想した人は多くない。僕を含めてね。でも来季どうなるか保証はない。パッカーズには成功を続けてほしいと望んでいる。そしてもし成功しても、自分の判断が裏目に出た、などと思わないことを望むよ。そうならないと信じている。しかしこのチームは優勝に非常に近いし、そのせいで引退の決断がより難しくなったのはたしかだ。だってスーパーボウルは目の前だったからね。ただそれも昨季のことだ。

パッカーズは僕を望んでいたし、自分もまだ能力があることはわかっていた。ファンも愛してくれたと思う。メディアは家の前でキャンプも張っていた。そういったこと全てが素晴らしい。なのになぜ引退するのか? 難しい質問だし、難しい決断だ。しかし僕らが13勝3敗でスーパーボウル目前だったことには関係なく、自分は正しい決断を下したとやはり信じている。毎年毎年、僕は戻ってきて、できることは全てやってきた。もう一度スーパーボウルに勝てたらよかったとは思うけれど、失望はしていない。僕は精一杯の努力をした。ああしていたら、と後悔することは何もない。高校や大学の頃を振り返れば、もうちょっとマシにプレーできたのにと思うこともある。だって、ちゃんと分かってくる前に高校が終わってしまい、ちゃんと分かってくる前に大学も終わってしまったから。高校や大学の反省から、プロでは悔いが残らぬようにしようと17年間全力でやってきた。思い残すことはないと言えるよ。

Q. これが自分の辞め方だと感じている?

もちろん、そのとおりだ。誰もがみなそうしたいと思うものだ。「自分もエルウェイのように辞めたい」という話をたくさん聞いた。ただエルウェイは僕とは違う。彼はウチを負かすまでスーパーボウルに勝ったことがなかった。僕らは今年3勝13敗になってしまう可能性もあって、僕は絶頂期に辞めたかった。反論する人たちもいるだろうが、僕のキャリアを見てほしい。そんな議論をするいわれはない。

僕がこれまでどれだけ恵まれていたか、よく知っているのは僕だけなのかもしれないね。通算何勝、何ヤード、何タッチダウン、何インターセプトといった記録で僕を讃えるけれど、そういったものは他の人たちのためのものだ。もう一度言うが、"僕ら"の業績なんだ。クォーターバックにばかり注目が集まるのはフェアでないと常に思ってきた。「彼は160勝した」などと言われるのはね。じゃあ他の選手たちはどうなったんだ? 僕はよい時に引退する。しっかり前を向き、あごを上げてね。それが僕のやり方、僕の辞め方だ。

Q. あらゆるスポーツで最も困難なのがNFLのQBで、グリーンベイではなおさらでしょう。このコミュニティとフランチャイズの期待を16年間背負って、長い不振からチームを立て直したことについて

古い映像の話に戻るけど、何も知らないのはかえってよいことだった。インタビュー映像は見ていてキツかったよ(笑)。僕には才能があった。実際うぬぼれていたほどではなかったけど、それなりに才能があった。ただ、何も分かっちゃいなかった。グリーンベイ・パッカーズのことは入団当時もよく知ってはいた。かつての名選手たちのことも、伝統のこともね。でも「それが何だ」と思っていた。「たいしたことはない」って。今と同じメンタリティで当時に戻ってやり直したとしたら、たぶん成功しなかっただろう。勝利がいかに難しいか準備がいかに大変か、今は分かってしまっているからね。いま振り返ると、当時の(生意気な)メンタリティが僕の助けになった。その映像を見るのはキツいけど。

みながよく知っているとおり、ここは類希なフランチャイズだ。プロスポーツにこんなフランチャイズはほとんど存在しない。それだけに、困難な仕事だ。他の職業を知らないから、どれほど困難か比べることはできないけど。クォーターバックだけでも大変な仕事だが、グリーンベイでクォーターバックをして成功するとなると、これはものすごく大変なことだ。しかし、それも不可能ではないと僕は証明できた。小さい頃はダラス・カウボーイになることを、スーパーボウルに勝ってロジャー・ストーバックのようになることを夢見ていた。たぶんウィスコンシンには、ブレット・ファーヴになることを夢見ている子供もいるだろう。キャリアを振り返ると、夢見たよりもずっと大きなことを成し遂げることができた。それができるなんて稀なことだ。他の夢見る少年たちと何も違わなかったんだから。

アーロン(ロジャース)には幸運を祈るよ。彼はきっと素晴らしい仕事をする。それも可能なんだ。後任を務めるのは大変だと言われているのは知ってる。しかし誰の後任でもない。ブレット・ファーヴのようにプレーする必要などないんだ。一緒なのは周りの選手やコーチだけだ。才能があってメンタル能力にも優れているからドラフトされたんだし、しっかり集中を保てばきっと大丈夫。いつの日か彼もここに座って、今の僕と同じ経験ができればいいと願っている。

Q. フィールドでの業績だけでなく、たとえば"Make-A-Wish"や慈善団体など、フィールド外の活動について

そういったことを考えるのは、フットボールなどよりずっと重要なことだ。しかし我々はときにそれを見失ってしまう。ディアナと僕はこの間の日曜日、ミシシッピ州ガルフポートにいた。ロニー・ハーバートという名前はここにいる誰もご存知ないだろうが、あの湾岸地域では65年にわたって有名だった人物だ。僕の親父は夏になると地区の野球のコーチを28年間やっていたが、知的障害のあるロニーがバット・ボーイをやってくれていた。数年前ディアナがチャリティ・ディナーに彼を呼んで、僕を驚かせたこともあった。そのロニーが先週急死したんだ。長く、楽しい人生だった。彼ががっかりしたのを一度も見たことがなかった。「ロニーや"Make-A-Wish"の子供たちにあなたはよいことをした」と言われるけれど、実際は僕が彼らによくしてもらっているんだ。

僕にとってフットボールはいろいろな意味で素晴らしいものだが、それを通してたくさんの人々の人生に影響を与えることができた。自分がどれほど人々に影響を与えているかわかっていない、とディアナにいつも言われるけど、あまり意識したことはないんだ。僕が考えるのは自分のやり方でフットボールをすることだけ。それに伴ってくるものがあるなら、それは結構なことだ。金、コマーシャル、人々に手を差し伸べること、チャリティ、その他いろいろ。それも全てフットボールのおかげだと、よくわかっている。でもフットボールのおかげで、僕の方がたくさんの人々に影響を与えてもらっている。

数週間前にはフェニックスの小児病院を訪れた。とても、とてもつらいことだ。娘たち2人が健康に恵まれていることに感謝せずにはいられない。ときどき厄介なことはあるけれど、僕ら家族みな幸せに暮らすことができている。他の人々がみなそうだとは言えないからね。僕も完璧ではないし、これからもそうだ。今後もディアナや娘たちとモメることはあるだろう。しかし16年前とは人生観が大きく違っているのはたしかだ。フィールド外で僕らがしてきた活動には、大きな誇りを持っている。もっとできたか? たしかにそうだ。みながもっとやるべきか? そのとおりだ。しかし僕らは他の人々の人生にポジティブな影響を与えることができたし、そのことに感謝している。

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