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2003年5月31日

ドラフト指名ルーキー紹介 5: OTブレナン・カーティン

OT ブレナン・カーティン  Brennan Curtin
ドラフト6巡(212位) 背番号69 206cm 143kg Notre Dame 1980年 6月 30日生

経歴 : フロリダ州デイトナビーチ生まれ。高校時代にはバスケでも活躍。フットボールではDTとOGをプレー。父の母校でもあるノートルダム大へ進み、2年生のはじめは控えOTだったが、先発陣の負傷により、左タックルと右タックルで6試合に先発出場。3年時には右タックルで先発に定着したが、最後のゲイター・ボウルだけは出場停止処分を受けている。未完の大器というタイプだけに、アーリー・エントリーを惜しむ声が圧倒的。

セールスポイント : たいへんな長身選手で、肩幅が広く、腕も長い。サイズのわりにアスレチック能力は高い。ボディバランスが良く、横方向の動きが良いため、パスプロテクションが安定している。左右両サイドでの先発経験がある。鍛えれば、体重はまだまだ増やせる。大きなケガをしたことがない。

弱点? : パワー不足で、相手ラインマンを力で圧倒することがあまりできない。経験不足で、判断が遅れることがある。テクニックがまだまだ粗削り。「もう一年カレッジで鍛えるべきだった」という声が多い。

メンタル面 : 下記の「サンプルすり替え事件」でもわかるように、メンタル面は不安が残る。パッカーズととしては、そのようなリスクは承知でスケールの大きさに賭けた、ということだろう。

指名の経緯 : まだ未熟な点が多いにもかかわらず、アーリーエントリーしたのには理由がある。昨秋の大学のドラッグ・テストの際、彼は髪のサンプルをチームメイトのものとすりかえて提出したのだ。それが露見して大学側から出場停止を喰らい、大事なボウルゲームに出場できなかった。これでノートルダムに居づらくなるとともに、ドラフトでの評価も下がることになった。パッカーズのとっては、彼を6巡で指名されたのはラッキーだった。

本人は、「検査の1週間前のパーティで、マリファナを吸っているヤツがいた。その煙が髪の毛に残っているんじゃないかと心配で、すりかえてしまった」と明かしている。 パッカーズ側は、その点についても、大学側の関係者に十分に調査をし、カーティンは決してそのようなタイプの人間ではないとの確信を得た、と主張する。「彼があそこまで残っているなんて、信じられなかった。思わず息をのんだよ」とベクトルOLコーチ。

パッカーズにとって : 左右両サイドの経験があるが、本来は右タックル向きだと見られている。最初のミニキャンプでも主に右タックルをプレーした。しかしチーム事情から言えば、2年目のバリーがいる右サイドよりも左サイドの控えが不安。今後のキャンプではカーティンに左タックルもプレーさせることになるだろう。

2003年5月30日

QBファーヴ : 衰えぬ情熱

ミニキャンプ初日のこと。QBブレット・ファーヴはロッカールームのそばで、ドラフト1巡指名を受けたばかりのLBバーネットと、初めて顔を合わせた。「 『やあニック。調子はどうだ』 と声をかけたら、あいつは 『なんてこった、ブレット・ファーヴだ。スゲエ・・・』 とか言ってるんだ。俺も歳をとったもんだ、と思ったよ」とファーヴは笑う。無理もない。ファーヴがグリーンベイにやってきたころ、このルーキーはまだ小学生だったのだから。

「いま一緒にやっている連中は、たぶん僕のしてきたことを半分も知らないだろう。自分自身、かつては若手だったのに、時が過ぎるのは早いもんだ・・・。動揺してるんじゃない。面白いんだ」と語るファーヴ。この話をしているのは午前8時。ミシシッピ州ハティスバーグの自宅で、妻ディアナとマウンテンバイクで3マイルほど走ってきたところだ。毎朝6時には目を覚まし、トレーニングや庭仕事に汗を流す。朝6時と言えば、夜遊びばかりしていた若いころなら、まだ眠りについて間もない時間だ。

「僕は、いろいろなことを変えてきた。アルコールは、この5年間まったく口にしていないし、庭仕事が本当に楽しくなった。だからといって、競争心の炎が消えたわけじゃない。むしろ、いつになく強くなってる。あと1年か2年か3年しか残っていないと思うからこそだ。残るチャンスを少しでも無駄にしたくない。それでダメなら、その時はその時だよ」とファーヴは語る。そして、今年のパッカーズが補強したディフェンスは「目に見えて速くなった」と評価し、若いWR陣は「これまでで最高だ」と大きな期待を寄せている。

彼が最も嫌がるのは、「もはやフットボールを楽しめなくなっている」と言われることだ。それどころか、数年前よりも全体的に優れた選手になったと信じている。「できたら、いま現在の僕が'97年のチームにいたら、と思うんだ。デンバーに敗れたスーパーボウルをやり直したい。無敗で優勝ができたかもしれない。あの時は3敗しかしなかったわけだから」

来たるべきシーズンへの期待を語るファーヴに、情熱が衰えたような兆候は全く見られない。永遠にプレーできないことは、彼にもわかっている。入ってくるルーキーは年々、若くなるばかり。それでも彼はパスラッシュをかわし、パスを投げ続けるつもりだ。それが彼に出来るかぎり。彼にそのつもりがないと思う人には、ファーヴという人物がよくわかっていないのだ。

Notebook: キャンプ正式日程発表

2003年5月29日

ドラフト指名ルーキー紹介 4: LBハンター・ヒレンマイヤー

LB ハンター・ヒレンマイヤー  Hunter Hillenmeyer
ドラフト5巡(166位) 背番号57 193cm 108kg Vanderbilt 1980年 10月 28日生

経歴 : テネシー州ナッシュビル出身。高校三年の時には州のチャンピオンに。学業優秀で、高校・大学でさまざまな賞を受賞している(よくわからないが)。子供の頃からの憧れだった、地元のヴァンダービルト大に進んだ。3年でウィークサイドLBでスターターに定着し、4年になってミドルLBに移った。168タックル(全米2位?)、4サックを記録し、オールSECの1stチームに選出されている。

セールスポイント : スピードはないが、非常に賢いプレーヤーで、常にボールの近くにいる。読みと反応が良く、判断ミスが少ない。サイズがあり、腕も長い。前方向の動きが速く、ブリッツも得意としている。基本がしっかりしている。タフで、46試合に連続出場した。

弱点? : アスレチック能力は十分とは言えない。やや動きが硬く、パスカバレッジに下がるのはあまり得意ではない。時おり腰高で、ブロッカーに押し負けることがある。168タックルという驚異的な数字を残したのはシステムのおかげではないか、という声もある。

40yds走が4.8秒と遅いが、横方向の動きを示す20ydsシャトルは、1巡指名のLBバーネットと同タイムらしい。スピード不足が不安視されていたが、最近のミニキャンプでは、サイドラインからサイドラインまでカバーする良い動きを見せ、「思ったよりも速い」という評価が増えた。

メンタル面 : なんといってもそのインテリジェンスだ。学習能力は高く、フィールド上での読みも優れている。判断の速さで、フィジカル能力を補っているのかもしれない。ハードワーカーで、メンタル面は申し分ない。

指名の経緯 : オールSECに選ばれたにもかかわらず、2月のスカウティング・コンバインに招待されず、そのために指名順位を落としたと言われている。パッカーズは6巡指名権に7巡指名権を足して、イーグルスからこの指名権を獲得した。同じ5巡指名のDTジェームズ・リーとは、あらゆる点で対照的な選手だ。

パッカーズにとって : さしあたってミドルLBの控え。最近のミニキャンプではストロングサイドでもプレーしていた。LB陣が6人体制だとすると、控えは3人。LBパリス・レノンが控えの中では一歩リードしているといわれているから、残り2つのイスをマーシャル、ウィルキンズ、そして7巡ルーキーのジョシューたちと争うことになる。スペシャルチームでの貢献が重要なのは言うまでもない。

2003年5月28日

ジェリー・クレイマーがご立腹

ジェリー・クレイマーと言えば、60年代のロンバルディ時代を支えた名オフェンスラインマン。いまだに殿堂入りできていないことを、不満に思っているファンも多いほどの名選手だ。そんな彼の息子、LBジョーダン・クレーマー(アイダホ大)は、ドラフト外で父の古巣を選ばず、チャージャーズと契約した。すでに初めてのミニキャンプに参加し、なかなか評判がよかったという。

父クレーマーによると、ドラフト終了後にパッカーズが提示した契約したボーナスは$2,500で、チャージャーズは$10,000だった。しかし問題は金額ではなかった。「ドラフト6巡の途中でパッカーズから電話があり、『7巡で指名するつもりだ』 と言われたのだ。しかし実際は指名されず、彼(息子ジョーダン)は非常に不愉快になった」 と父クレーマーは説明する。

「チャージャーズの方は、ドラフトの2、3日前に電話をかけてきて、『ドラフト指名はできそうにない。他にも強化すべき所が多く、十分な指名権がないからだ。でも君はプロでやっていけると思うし、ロースターに残るチャンスは十分ある。ドラフトで指名されなければフリーエージェントとして契約したい』と言ってくれた」

「パッカーズは間違いを犯したと思うね。確かに私のひいき目も入ってる。親の欲目ってやつだ。でもアイツは十分やっていけるはずなんだ」と父クレーマーは力説する。そのことは1年半も前からパッカーズ側に言ってきたし、シャーマンHCとも、スカウトとも話した。実際の事情はどうだったのか、私にもわからない。しかし彼らがボールを落っことしたのは確かだ。ただ正直に、ジョーダンに『指名するつもりはない』と言うだけでよかったのに」

2003年5月26日

ドラフト指名ルーキー紹介 3: DTジェームズ・リー

DT ジェームズ・リー  James Lee
ドラフト5巡(147位) 背番号64 195cm 147kg Oregon State 1980年 3月 12日生

経歴 : オレゴン州セーラム出身。高校時代はフットボール(DT)のほかに、砲丸投げや円盤投げも。おそらく成績が足りず、2年間はジュニアカレッジへ。そこでの最後の試合で前十字靭帯を断裂してしまい、オレゴン州立大への編入一年目はトレーニング不足からオーバーウェイト。大学4年時でさえも、先発させてもらえず、ローテーション起用されるに留まった(ただしディフェンスの全スナップのうち60%でプレー)。これまでは常に、怠け者のファット・ガイ、という評価がつきまとった。

セールスポイント : 典型的なノーズタックル。パスラッシュよりも、ブロッカーを2人受け止めてLBを自由に動かせるようにするランストッパー。巨体のわりにフットワークが軽く、荒削りだが潜在能力は高い。体重327ポンドで40ヤード走をなんと4.88秒で走ったらしい。スカウティング・コンバインで、40ヤード走をはじめとするドリルで優秀な数字を記録して注目を集めた。腕は長い。

弱点? : 2年間ジュニア・カレッジに行っていたため、トップレベルでの経験が少ない。技術的に未熟な点が多く、恵まれた身体能力だけに頼りがち。プロのランストッパーとしてやっていくには、手の使い方などテクニックを磨く必要がある。下半身のエンジンは強力だが、上半身の筋力をもっと鍛える必要がある。225ポンドのベンチプレス23回は、DTとしてはかなり不満が残る。

リー自身、 かつては怠け癖があり、ウェイトルームよりもテレビゲームばかりしていたことを認めている。しかもオレゴン州立大に編入した時には、ヒザの大ケガでトレーニング不足だった。オレゴン州立大で先発させてもらえなかったのは、やはり練習熱心でないとみなされたため。「みんなが僕を見るたび、『お前は太っている。遅い。もっと走らなきゃ』 ばかり言われるのには飽き飽きしている」とリーは語り、今ではwork ethicも向上し、ハードに筋トレに励んでいると主張している。

メンタル面 : 明るく陽気で、人懐こい。よく喋ってくれるので、ロッカールームで記者が集まってくるタイプ。上で紹介したように、自分への甘さを克服し、work ethicを向上させることが求められている。普通、指名当初は甘い言葉ばかり言われるもので、最初からこれほど厳しく球団から釘を刺されるのは珍しい。

指名の経緯 : ドラフト2日目、パッカーズには4巡指名権がなく、6巡指名権が3つあったので、ほしい選手がいたら積極的に獲りに行くことは予定の行動だったのだろう。シアトルに6巡指名権を譲渡して、5巡30位から5巡12位にトレードアップ。ただ、スターターでもなかった選手、しかもメンタル的に問題がありそうな彼を獲るのは、ちょっとしたギャンブルだ。そのリスクは首脳陣も認めている。

5巡指名を目前にして、シャーマンHC本人がDTリーに電話をかけた。過去の怠け癖を決して繰り返さず、しっかり体を作ることを本人に確認してから、指名に踏み切ったのだという。「私は彼に、『君はもっと徹底して体を絞る必要がある。約束してもいい。君には、これまで経験しなかったほどしっかり体を作らせるからな』 と言ったんだ」とシャーマンHC。リーの返答も十分満足いくものだったため、「おめでとう、君はパッカーだ」とシャーマンHCは言い渡した。ドラフト外も覚悟していた本人は狂喜し、記者会見では卒倒しかねないほどだった。

パッカーズにとって : ケガの多いDTギルバート・ブラウンの負担を減らす、または取って代わるノーズタックルをパッカーズが必要としていたのは周知の通り。DTリーはまさにそのような選手だ。ただし、まだ未熟な点が多いため、即戦力とは言い難く、一年目からどれぐらいプレータイムをもらえるかはわからない。さしあたって、ロッド・ウォーカー、スティーヴ・ウォーレンあたりとロースター枠を争うか。

2003年5月25日

ドラフト指名ルーキー紹介 2: DT/DEケニー・ピーターソン

DT/DE ケニー・ピーターソン  Kenny Peterson
ドラフト3巡(79位) 背番号98 191cm 136kg Ohio State 1978年 11月 21日生

経歴 : オハイオ州カントン出身。コルツに2巡指名されたSマイケル・ドスは高校・大学を通じてチームメイト。オハイオ州立大では2年目から、スターターではないもののストロングサイドDEとしてローテーション起用に加わり、15タックル・3サック。3年目もDEとして全試合出場(2試合先発)し、24タックル・3サック。4年になって初めてDTに移り、全試合先発。38タックル・4サックの活躍で、全米制覇に大きく貢献した。

セールスポイント : 身体能力に恵まれ、40ヤード走は4.8秒と、DTとしてはトップクラスのスピードがある。上体のパワーも十分。クイックネスを活かした、インサイドからのパスラッシュを得意とする。ボディコントロールが良く、素早く体の方向が変えられるアジリティがある。ダブルチームを割ってQBに迫ることも。よく前傾を保ち、足元が崩れることが少ない。タフで常に全力を出し切る、プレーが安定しているタイプ。注意深く、ボールへの嗅覚もしっかりしている。サイズ不足が言われる割に、優れたラン守備を見せた。

弱点? : 悪く言えば中途半端なタイプ。DEとしてパスラッシュするにはややスピードが足りず、DTとしてはややサイズが足りない。シーズン終了後は体重を増やし、現在のパッカーズ公式サイトでも300ポンドとなっているが、スピードやクイックネスを犠牲にせずにバルクアップできるかどうか。本人は、「みんな僕を見ると270ポンドぐらいだと思うらしい。全くの間違いだ。僕は300ポンド級。ただそう見えないだけだ」

すでに24歳と、年を食っている。しかも4年になって急成長した遅咲きタイプで、フル先発の経験が1年しかないというのはやや不安。「私自身、遅咲きのコーチだしね」とシャーマンHCは笑う。「長い間、私はポジション・コーチに過ぎなかった。突然チャンスをもらい、それを活かそうと懸命にやっている。だから、彼が遅咲きだからと言って嫌うことはない」

メンタル面 : 1巡指名のバーネットと同様、ハードワーカーで精神的にはしっかりしている。信仰心が篤い。24歳のせいか成熟していて、同じDTでも、5巡指名のジェームズ・リーと比べると大人。率直に話すタイプで、早くも記者たちからの支持を集め始めている。

指名の経緯 : 大学3年までは、わずか2試合にしか先発したことがなかったが、大学4年目にDTに移ってからは急成長。シーズン後半、特にマイアミ大とのフィエスタ・ボウルとシニア・ボウルで大幅に株を上げた。1巡の下位から2巡の上位で指名されるだろう、というのがドラフト直前の予想。3巡半ばまで残っていたため、パッカーズはビルズに4巡指名権を譲渡して、3巡30位から15位にトレードアップして彼を指名した。

指名順位が3巡まで落ちたのは、ハムストリングを痛めて、40ヤード走を走れなかったことが大きかったらしい。「確かに、3巡の半ばで指名されたことは驚いた。しかし、何事にも理由があって起きるのだと、神は仰っている。だから、僕が3巡で指名されたことも、神がそう考えられたことに違いない」とピーターソン。もちろんパッカーズ側は大喜び。

パッカーズにとって : チームとしてはいまのところ、DTとパワーDEでの兼用を考えている様子。本当にパッカーズが欲しかったような、ランストッパータイプ(ギルバート・ブラウンの後釜)ではない。彼の責任ではないが、パッカーズは同タイプのDTクリディアス・ハントと長期契約を結んだところ。

とはいえ、DEホリデイとDT/DEライオンがFAで抜けたところなので、DTとDEの両方でローテーション起用されるだろう。もしパワーDEとしていいプレーができれば、DEジョー・ジョンソンをパスラッシュDEとの兼用にすることができ、DEバジャ=ビアミラのラン守備の負担も減らすことができる。

2003年5月24日

DEジョー・ジョンソンがマリファナ所持で逮捕

DEジョー・ジョンソンが、ジョージア州ティフトンで、マリファナ所持のために逮捕された。報告書によると、22日の朝の4時前、ハイウェイのターニング・レーン上で停車しているメルセデスを警官が見つけて近づくと、男が降りてきた。マリファナの匂いがしたため、車内を捜索すると、少量のマリファナが発見された。ジョンソンはその場で逮捕され、$1,625ドルの保釈金を支払って、昼前に釈放されている。

DEジョー・ジョンソンはセインツ時代に2回のプロボウル選出。昨年3月にパッカーズと6年$33ミリオンの大型契約を結び、セインツからFA移籍。しかし第5週ベアーズ戦で上腕三頭筋を断裂してしまい、シーズンエンドとなっている。

2003年5月23日

オーナー会議

今年二度目のオーナー会議がフィラデルフィアで開催された。

2003年5月22日

ダン・デヴァイン : 撃たれた犬の物語

30年にもわたって、グリーンベイの人々が悩まされてきた「伝説」がある。1970年代前半にパッカーズを率いたダン・デヴァインHCの頃のことだ。デヴァインについては、昨年5月の死亡記事を参照。

アリゾナ州立大とミズーリ大で素晴らしい成績を残し、'71年にグリーンベイにやってきたデヴァインHCだったが、'60年代の黄金期を支えた選手たちは衰えたり引退したりで、成績は振るわなかった。そのころに、「不甲斐ないコーチに腹を立てたファンが、デヴァインの飼っていた犬を射殺した」 という伝説が生まれた。さまざまなバージョンがあり、「犬を熊手で突き刺した」 というものまである。

詳細に調べたMichael Bie氏によると、この伝説の発端となったのはTime誌によるデヴァインHCのインタビュー記事らしい。'72年に地区優勝を果たしたのもつかのま、デヴァインはチーム内のコントロールを失い、選手たちはデヴァイン支持派と反対派にわかれ、コーチたちまで互いに反目し始める始末。ロンバルディ時代の栄光を忘れられないファンたちは、容赦なくコーチへの非難を浴びせた。

''74年シーズン中、グリーンベイを去ってカレッジフットボールに戻る決意を固めていたデヴァインは、Time誌のインタビューで、自分がいかにグリーンベイでひどい扱いを受けているかをぶちまけ、その勢いで「犬が撃たれた」ことを話してしまう。そして権威あるTime誌に、「ある朝、鋭い銃声でデヴァインが目を覚ますと、家の外で彼の犬が撃たれていた」 という記事が載ってしまったのだ。

亡くなる数年前にデヴァイン自身が自伝で語っているように、犬が撃たれたのは、フットボールとは全く関係がなかった。放し飼いにしていたその犬は悪さばかりしていて、その日も、近所の農場に入り込んで鶏を追いかけていたところを、農場主が追っ払おうとして、弾が当たってしまったのだ。「それが偶発的な事故だということは、私にもすぐわかった。それでも、犬を抱いて連れてきた彼は、『殺すつもりじゃなかった』 と泣きながら繰り返し、それが真実だと私にはわかった」 とデヴァインは述懐している。

ただ問題は、この間違った噂を、つい最近までデヴァインが打ち消そうとしなかったことだ、とMichael Bie氏は主張する。そのために、昨年の死亡記事の時でさえも、AP電を中心として、その話が真実であるかのように蒸し返された。グリーンベイの連中はあんなひどいことをする奴らだと、ライバルチームのファンから、三十年間浴びせられてきたいわれなき非難。そのことを残念がるBie氏は、今回の話題を、地元グリーンベイの新聞ではなく、シカゴ・トリビューン紙に寄稿している。

2003年5月21日

RBアーマン・グリーンは司法取引で決着

1月に起こした単独の自動車事故のために、起訴されて裁判を受けることになっていたRBアーマン・グリーン。地方検事との司法取引に応じて有罪を認め、$200ドルの罰金と壊した部分の修理費用を負担することで、今週月曜日から始まるはずだった裁判は避けられることになった。

事件が起きたのは今年の1月28日。グリーンベイからハイウェイ43号線を南に向かっていたグリーンは、折からの雪のためにコントロールを失ってスピンし、フェンスに衝突。問題は、ハイウェイの付属物を破損したのにそれを警察に報告せず、黙ってその場を走り去ってしまったこと。しかし事故現場に落ちていたナンバープレートが発見され、あっさりと犯人の身元が割れてしまった。

「相手が誰であっても、同じ扱いをしただろう。例え合衆国大統領だろうと、自分の隣人だろうと」 と地方検事補のジェームズ・ハーシュ。地元の人気選手を特別扱いしたのではないか、というありがちな批判に備えての発言であることは言うまでもない。

2003年5月20日

レイ・シャーマンWRコーチの長男が死亡

レイ・シャーマンWRコーチのグリーンベイの自宅で、日曜の夕方、14歳になる長男が亡くなった。警察によると、その家からの911番への通報を受けたが、到着した時には、その少年は頭部への銃弾のため、すでに亡くなっていたとのこと。 ジム・アーツ警部補によると、明らかに息子本人が引き金を引いており、グリーンベイ警察ではこれを自殺として扱っている。ブラウン郡の検死官も同じ見解だ。

事件当時、一家はこの貸家から引越す準備をしており、少年は一人でガレージにいて、家族がチャリティに出す衣類を袋に詰めていたらしい。父レイ、母、祖母、2人の妹も家にいたが、誰にも銃声は聞こえなかったとのこと。事件から10分ほど経って、一緒に映画に行こうと呼びに来た父レイ・シャーマンが、倒れている息子を発見して通報した。この38口径の銃の持ち主は父レイ・シャーマンで、普段は銃と弾薬は別の所に保管していたが、引越し準備中ということもあって、手の届きやすいところにあったようだ。

レイ・シャーマンJr は、グリーンベイのロンバルディ中学に通う中学2年生。このアーツ警部補自身が、この中学でフットボールチームを手伝っており、レイJrはどんなポジションでもできる才能にあふれた少年だった、と語っている。「素晴らしい若者で、誰からも好かれていた」とアーツ警部補。

レイ・シャーマンWRコーチは、NFLの6チームでコーチ(OC含む)をしたあと、2000年からパッカーズのWRコーチに就任。今年がNFL16年目となる。この14歳の息子のほかに、11歳と5歳の娘がいる。

2003年5月19日

新スタジアムの進捗状況について

ランボーフィールドの建設は、その一部が地元ブラウン郡の売上税0.5%によってまかなわれている。2000年秋の住民投票が僅差での可決であったことが示すように、熱狂的と言われる地元民でさえ、新スタジアムへの税金投入には反対する人は少なくない。球団側としては、フットボールファンだけでなくそのような人々へも、スタジアム建設の利点や、進捗状況、今後の見通しを説明する責任がある。

球団社長のボブ・ハーラン、副社長のジョン・ジョーンズ、会計担当のジョン・アンダーウッドの3人が、Press-Gazette紙とのロングインタビューで、新スタジアムのさまざまな点について説明を行った。 あまりに長いので、要点だけを紹介。

2003年5月18日

ドラフト指名選手紹介 1: LBニック・バーネット

OLB ニック・バーネット  Nick Barnett
ドラフト1巡(29位) 背番号56 187cm 107kg Oregon State 1981年 5月 27日生

経歴 : 南カリフォルニアのフォンタナ出身。高校時代は陸上のハードルや投擲種目でも活躍。フットボールでは、2年生の時にWR/SS。3年生でTE/LB。オレゴン州立大に進み、1年目は控えSS兼スペシャルチーマー。2年目はLBにコンバートされ、ウィークサイドで5試合に先発。3年目にはストロングサイドで全試合に先発し、73タックル、2サック。4年目もストロングサイドで全試合に先発し、121タックル、6サックでオールPAC-10カンファレンスの1stチームに選ばれる。

セールスポイント : 非常にシュアなタックラー。クイックネスがあり、ボディバランスが良い。体の方向を変えるアジリティに優れ、ボールに追いつく能力がある。素早くドロップバックし、パスカバレッジでも(元セーフティだけあって)守備範囲が広い。相手のプレーを分析する判断力に優れ、良い嗅覚がある。大きなケガをしたことがない。40yds走は4.68秒とそれほどでもないが、20ydsシャトルは4.07秒と全LB中最速タイ。

弱点? : サイズがないため、ブロッカーの波に飲まれやすい。人ごみの中よりもオープンフィールドで動き回る方が得意。ブロックをかわす、振り払う能力を磨く必要がある。プロのラン攻撃を相手にするには、バルクアップ、パワーアップが必要とされている。実際、昨年は体重220ポンドぐらいでプレーしていたが、2月のコンバインでは236ポンドにバルクアップしていて、225ポンドのベンチ32回は全LB中最多だった。

メンタル面 : 疲れを知らないハードワーカー。フィールド上だけでなく、ウェイトルームでも練習熱心で、チームメイトの良いお手本だった。良いリーダーシップを備えている。頭の回転も速く、フィールド上での読み・嗅覚が良い。頭脳・メンタル面では問題が見当たらない。

指名の経緯 : バーネットの指名に至ったいきさつは、5月16日の記事で詳細に述べたとおり。パッカーズが見送ったLBボス・ベイリーはDET、E.J. ヘンダーソンはMINに指名された。3人のLBたちが同地区内でプレーすることになった。

パッカーズにとって : 大がかりな再編中のLB陣の中で、さしあたってバーネットにはミドルLBをやらせることになった。最も信頼厚いディッグスがウィークサイド、FAで新加入のネイヴィーズがストロングサイドだ。しかし「バーネットは本来ウィークサイドが一番向いている」という声は多く、バルク不足を懸念される彼が、プロのランブロックを相手に効果的なプレーができるのか、7月にフルパッド練習をしてみるまではわからない。もし上手くいかないようなら、ディッグスがミドルに入り、バーネットはウィークサイドに移ると予想されている。どちらにせよ、彼には先発でやってもらわなければ困るチーム状態だ。

2003年5月17日

Notebook: プレーオフ枠は据え置き

2003年5月16日

LBバーネット指名に至った経緯

ドラフトから半月以上経ってしまったが、パッカーズが1巡29位でLBニック・バーネットを指名するに至った経緯を、管理人に分かっている範囲で振り返ってみたい。

ドラフト直前の記者会見。シャーマンHCが、QBファーヴの来年以降の現役続行について楽観的な見通しを明らかにした。そして1巡でのQB指名についても、以前よりやや消極的なコメント。ファーヴがあと2年以上やってくれる、との確信をチーム側が得たことはほぼ間違いない。実際にこの会見の通りのドラフト結果となった。

1巡29位では望むようなQBは残っていそうになく、QBグロスマンはトレードアップして獲りに行くほどではない、と評価したことも、この会見の背景にあるようだ。QBレフトウィッチはウェストコーストオフェンス向きでないと判断し、QBカイル・ボラーの方を高く(つまりQBパーマーの次に)評価していたらしい。3月頃には、ESPNを中心として「パッカーズはグロスマンに惚れ込んでいる」との噂が流れたが、ロン・ウルフ顧問あたりが流した偽情報かも。

ドラフト本番。QBグロスマンが1巡22位(CHI)で指名され、1巡評価の4人のQBが消えた。パッカーズはQBを指名すべきだったか、後になって批判される恐れもなくなった。今年のパッカーズに必要なのはLB、またはDT。DTは豊作と言われたが、ここまでに6人も指名されており、パッカーズが1巡評価した選手は残っていない(DTケニー・ピーターソンはパッカーズは2巡クラスと評価しており、3巡で残っていたのでトレードアップして指名できた)。逆に、不作と言われたLBはここまでに1人も指名されておらず、最も高く評価した選手をそのまま指名できる。

ドラフト前の段階では、アウトサイドLBではボス・ベイリー、ミドルLBではE.J. ヘンダーソン、というのが世間一般の評価だった。パッカーズの目先の都合ではミドルLBが必要なはずだが、LBヘンダーソンはスピード不足でパスカバーにやや難がある。パスシチュエーションで使えないなら、「1巡指名するならエヴリダウン・プレーヤーでなければ」というチームの方針と反する。また、腰に爆弾も抱えている。

もう一人のボス・ベイリー。両ヒザを壊したことがあり、その懸念からパッカーズの指名対象から外れた。ドラフト前にグリーンベイに呼んでワークアウトを行ったとき、フィジカルチェックをしたドクターが、「ヒザの問題があるから、ワークアウトのメニューを加減しなければ」とシャーマンHCに進言。それで「そのような状態では指名できない」という結論になったようだ。また、タックルに難があり、恵まれたスピードをフィールドで活かせていない、ということも評価を下げた理由。

そのベイリーとは逆に、オレゴン州立大のニック・バーネットはシュアなタックルに定評がある。ベイリーのような驚異的なスピードはないものの、嗅覚や素早い判断力があり、つまりフットボールセンスに優れている。また、精神的に非常にしっかりしていることもシャーマンHCの好みに合っている。

というわけで、パッカーズのLBトップ評価はバーネットに決定。バーネットならばもっと下の順位でも指名できる、と誰もが思ったが、パッカーズ側の読みも同じだったようだ。そこで15分の制限時間を一杯に使ってトレードダウンの相手を探したが、合意には至らず、そのままLBバーネットが1巡29位指名を受けることになった。

2003年5月15日

左右両タックルのリハビリは順調

RTマーク・タウシャーとLTチャド・クリフトンは、どちらも2000年ドラフト組。どちらも1年目の途中からスターターに定着し、そして残念なことに、昨季途中の大ケガでシーズンエンドとなったことまで同じだった。RTタウシャーは第2週にヒザの前十字靭帯を断裂し、LTクリフトンは第12週に骨盤の大ケガ。仲の良い2人が一緒にリハビリをできる、ということだけが不幸中の幸いだった。

ケガの時期が早かったため、一足先に全力疾走ができるようになったRTタウシャー。「誰だってランニングは好きじゃない。僕らラインマンにとっては特にね。でも、走れなければ、プレーはできない。それは誰でもわかってる。プレーのために必要なことなんだ」。 タウシャーの隣に腰掛けたクリフトンも、「走ることに興奮するんじゃない。走れるようになった、ということに興奮するんだ」 と付け加える。

「彼らはお互いの存在がモーティベーションになっている。ただケガの場所が違うから、それぞれにとって最善なリハビリをしなければいけないけど」 と説明するのは、ストレングス&コンディショニング・アシスタントのマーク・ロヴァット。彼によると、2人は週に5日通ってきて、4時間ずつのリハビリをこなしているとのこと。体調を崩すなどして休む日もあったが、必ずその週のうちに遅れを取り戻すのだという。

RTタウシャーのリハビリ過程は全くの予定通りで、ケガからちょうど半年でランニングを始めた。6月のミニキャンプには参加できないが、7月のトレーニングキャンプの始めには、なんらかの練習に参加できそうな見通しだ。「ヒザに腫れがなくて、十分な強さが戻れば、何も問題はないはずだ。今はもう、ほとんど制限もなくなっている」 とタウシャーは自信を見せている。

LTクリフトンの方は事情が少し複雑だ。彼の骨盤のケガは非常に珍しいものであるだけでなく、1月末に右ヒザの関節鏡手術、4月半ばには右ヒジの遊離骨片を除去する手術をしなければならなかったからだ。「ヒップにはもう全く痛みがない。脚の付け根に少し痛みがあるだけだ。筋力が戻ってくればそれも収まるだろう。ヒザの痛みはほんの少しだけ。それが収まるのを待って、ランニングにトライする」

2人にとって互いの友情が励みになっていることは間違いないが、特にクリフトンにとって、タウシャーの存在は大きかった。タンパベイでDTサップのヒットを受けたクリフトンは、退院後も自宅のベッドで4週間も寝たきりの生活が続いた。体を起こすためには、天井からのつり革を腕で引っ張って自分を持ち上げなければならない。テレビを見るか、雑誌を読むか、そんな気の滅入る暮らし。そんな彼の元をタウシャーは毎日のように訪ねてきた。バーガーとポテトを抱えて。

「一月も一月半もベッドにいると、向こうから来てくれる人が世界の全てなんだ。別に何か持ってきてくれなくてもいい、ただ座っておしゃべりでもしてくれれば」 とクリフトンは振り返る。「あいつの経験したつらさは僕にはよくわかった。僕が何時間かいる間に、あいつの嫁さんがちょっと外出でもして、息抜きができればいいと思ってね」 とタウシャー。クリフトンの新妻キャンディさんは24時間の看護を強いられていたからだ。

精神的に最もつらい時期は過ぎ、あとは逆戻りをしないように慎重にリハビリを続けていくこと。2人にとっての最終的な目標は、開幕戦に間に合わせることだが、そのためにはトレーニングキャンプ期間中のどこかで、チーム練習にフル参加できていなければならないだろう。「トレーニングキャンプに参加できたら、きっと最高に嬉しいだろうな」 と2人は口を揃えている。

2003年5月13日

先発フルバック争い

この3月にパッカーズがFBニック・ルーチー(元CIN)と契約したことで、はっきりしたことが二つある。一つは、ダヴェンポートをRBに専念させるつもりであること。そしてもう一つは、先発FBヘンダーソンの地位が安泰ではない、ということだ。ルーチーの契約は、$1.1ミリオンの契約ボーナスを含む総額$6ミリオンの6年契約。これほどのサラリーを控えFBに払うチームは滅多にない。

ウィリアム・ヘンダーソン自身、昨春に総額$4.5ミリオンの4年契約を結んだばかり。32歳という年齢は微妙だが、もっとベテランでも活躍するFBは多い。いくらルーチーがスペシャルチームでの活躍を期待されているとはいえ、あからさまに自分の後継者、または競争相手を連れてこられて、ヘンダーソンに不満はないのだろうか? 「先発の座を争う相手がいるってことかい? それは仕方ないことだよ。フットボールとはそういうものだ。いちばんいい選手がフィールドに立つ仕組みになっているんだ」

「チーム側は、僕がより励むように、選手を連れてくる。僕は先発の座を取られないようにベストを尽くす。いつだってチーム側は使える選手、うまくいけばポジションを奪うような選手を連れてこようとするものさ」とヘンダーソンは語る。 「いまの僕は、自分がスターターだという気持ちはないし、ベテランだとも思わない。一人の選手として、自分が毎年やってきたように、しっかり練習して、ロースターに残ろうと努力するだけだ」

いっぽう新加入のルーチーは、「ウィリアムは本当にオープンなんだ。人間として一流の人だね。彼はいろいろなことを隠さず教えてくれる。本当にありがたい」と感謝の念を隠さない。現在280ポンド台のルーチーは、ヘンダーソンよりも一回り大きく、たいていのLBよりも大きい。パスキャッチはヘンダーソンと同様に上手い。昨年の第16週セインツ戦では、負傷したRBディロンとベネットに代わってRBとしてプレーし、12回59yds、2TDの活躍で逆転勝ちに貢献している。

今シーズンに関しては、先発がヘンダーソンで、ルーチーは控えFB兼、スペシャルチーマー兼、緊急時のRBということになりそうだ。しかし、「この夏にもヘンダーソンがカットされてしまうのでは」 と危ぶむ記者もいる。ルーチーの契約金額からしても、チーム側の評価は「将来スターターに育てばラッキー」などという程度の期待ではない。ヘンダーソンがいつまで先発の座を維持できるか、高いレベルでの競争が期待される。

2003年5月12日

老スカウトの価値

比較的無名の大学選手が、「NFLのスカウトが見に来る」 と聞けば、若い下っ端のスカウトが見に来ると想像するのが普通だろう。ところがTEマット・ヒューブナーのもとに現れたのは、少し腰が曲がり、脚を引きずるように歩く80歳の老スカウト、ジョン "レッド" コクランだった。「あんなに年とった人が来たから驚いたよ。でも僕らはすぐに仲良くなった」。 誰でも最初は驚き、すぐにそれが尊敬の念に変わる。

1960年代のロンバルディ時代にコーチを務めたコクランは、隠れた才能を探し出す能力で尊敬を集めている。フルタイムではないものの、限りなくそれに近い。担当地域はウィスコンシン、ミネソタ、イリノイ、ダコタ。カレッジシーズンが始まれば、3週間のうち2週間は外回りだ。「体調さえ良ければ、運転も気にならないね。今でも大学を回る時は全部自分で運転していくんだ」とコクラン。48歳年下のショーン・ヘロック副部長が直属の上司ということになる。

ウェイク・フォレスト大で活躍し、1940年代にシカゴ・カーディナルスでプレーしたコクランは、ロンバルディHCの初年度、1959年にバックフィールド・コーチとしてグリーンベイにやってきた。それ以来、5年間を除いてすべてパッカーズで過ごしてきたのだ。なぜまだ現役でいるのかと聞かれると、「どうしてやめる必要がある?」とコクランは言い返す。「私はフットボールから離れたくない。それが一番だ。長年同じ地域を担当してきたから、友人もたくさんいるんだ。彼ら友人を訪れると、時たま魅力的な選手に出会えることもあるのさ」

地味なスカウト活動だけでなく、コクランはドラフトでも重要な役割を果たしている。先日のドラフトでも"War Room" に参加した。各選手についてのアドバイスを提供するだけでなく、暇な時間には昔話をして、ウォールームを明るい雰囲気に保つのも彼の役割。「『ロンバルディHCとドラフトの話をしてよ』 と彼に頼んだんだ。昔はコーチが4人とスカウトが2人だったんだってね。選手の移籍が少ないから、ドラフトは今ほど重要じゃなかったのだそうだ」とシャーマンHC。

コクランの真価はもちろん昔話などではなく、大学選手を評価する能力にある。プロ・スカウト部長のレジー・マッケンジーは、ドラフト中のコクランのことを "The voice of reason" と呼んでいる。「非常に実践的な評価をする人だ。もし彼が、『コイツはタックルができる』 と言えば、その選手はタックルができる。ドラフトになると、我々はいろんな数字に振り回されがちだ。脚が速いとか腕が長いとかね。でもそんな時に彼が来て言うんだ。『そりゃすごい。でもコイツにはいいプレーはできないぞ』ってね。彼は物事をシンプルにしてくれる」

コクランは今でもパッカーズの練習を欠かさず見に来て、ロースター上の選手は全て知っている。選手たちも彼のことを "Red" とニックネームで呼ぶが、ニックネームの理由となった赤い髪は、はるか昔にグレーになっている。「僕はここに来て10年経つけれど、全てのドラフトで彼の隣に座ってきた」と語るのはヘロック副部長。「彼が話してくれる、ロンバルディ時代やその他のこと、全てが驚くべきことだよ。チームの歴史そのものがそこにいるようなものだ。そんな彼が同じウォールームにいてくれるなんて素晴らしいよ」

2003年5月10日

RBアーマン・グリーンが大学を卒業

RBアーマン・グリーンが、今週の土曜日、ネブラスカ大から卒業証書を授与されることになった。大学3年でアーリーエントリーしてNFL入りした彼だが、オフの間は地理学の勉強を続けてきた。シアトル時代は通信教育で、グリーンベイに来てからはウィスコンシン大グリーンベイ校に通った。必ず大学は卒業する、というのは両親との約束でもあったのだ。

「たいていのヤツは、NFLに入ると、『OK、オレは成功した。学位なんていらないよ』って感じだろう。学位があれば何かの時に役に立つし、自分の子供や、年下の親戚にアドバイスする時にもきっと役に立つ。 『オレはスポーツでも成功したが、頼りになる学位もちゃんと取った』と言えるからね」 とRBグリーンは説明する。

2年前にルイジアナ州立大を卒業したNBAのシャキール・オニールの名前を挙げ、「シャックには負けたくなかった。彼はプロ入り後9年間かかったけど、僕は5年ですんだ」 とグリーンは喜んでいる。「ただフットボールをするために大学に進むんじゃなく、ちゃんと学位を取ることが子供の頃からの目標だった。フットボールはおまけ、ボーナスに過ぎなかったんだ。奨学金を得るためのね。だから、プロ入りする時に自分に言い聞かせた。『オレは学位を取った』と言えるよう、必ず大学を終えよう、って」

Notebook: クルームはアラバマ大HCならず

2003年5月 9日

LBディッグス中心の再編成

この春、LBナイル・ディッグスがDETに移籍するかどうかでモメた時、彼本人の不満は「パッカーズがRFAとして最低額のオファーしかしてくれなかった」 ということだと報道された。しかし、金額面での評価はともかく、実際は低評価なんてとんでもない話だ。昨年12月に月間MVPに選ばれた彼を、パッカーズはディフェンス陣の中心に据えようとしている。

これまでの3年間、比較的負担の少ないストロングサイドで実績を残してきたディッグス。ミスが少なくシュアなタックル力、正確な判断力、安定したパスカバーなどオールラウンドな能力を発揮し、スピードこそあれ不安定なネイト・ウェイン(PHIへ移籍)とは対照的だった。堅実さだけでなくプレイメイカーとしても、昨季のディッグスはポテンシャルの高さを見せた。第14週のMIN戦の残り5分、RBベネットへのスクリーンパスを彼は一発で仕留め、その後の逆転勝ちにつなげた。翌週の@SFでも、残り37秒でのRBハーストのドロープレーを3ydsゲインで止めたことが、きわどい逃げ切り勝ちにつながった。

ウェインを解雇し、ニッカーソンとの再契約を見送ったパッカーズは、ディッグスを中心にLB陣を再編成するという方針で一貫していた。移籍問題でそれが揺らいだことは大誤算だったが、結果的に長期契約を結ぶことが出来て、言ってみれば「雨降って地固まる」。彼本人は契約問題について、「全ては過去のことだ。大事なのは今であって、今僕は幸せだし、チームの全ての人がそれをわかってくれている。報道してほしいのは、僕がここグリーンベイでとても幸せだってこと。コーチも僕がいてハッピー、家族も僕がここにいてハッピー、回りの選手たちも僕がここにいてハッピー。ここが僕の場所なんだ」

彼が新しく担当するのは、ウェインの抜けたウィークサイドLB。現在のスキームでは、このウィークサイドLBが最も多くタックルを決めることができる。 「これまで、ビッグプレーを最も決められるポジションに、彼を置いてはいなかった。だから、今オフのひとつの目標は、彼をもっとプレイメイカーとして使う、ということなのだ」 とシャーマンHC。 これまでのようにTEに対するのではなく、自由に動けるスペースが増えることによって、より良いプレイメイカーになれると、コーチたちは考えている。オープンサイドからブリッツをかけられるのも魅力だ。

ディッグスがウィークサイド、1巡ルーキーのバーネットがミドル、FA移籍のネイヴィーズがストロングサイドを担当することになった、注目のミニキャンプ。ディッグスの感触は上々だったようだ。「コーチたちは、僕のフィーリングや動きをすごく心配していた。『もしやりたくなければ・・・もし少しでも不安を感じるなら、君にはやらせない』 とコーチたちは言っていた。僕の答えは、完全にイエスだ。やってみようじゃないか。僕のフィーリングや動きに対し、コーチたちは満足したようだし、僕も満足いく出来だった」

とはいえ、現在のポジションで開幕を迎えると決まったわけではない。バーネットはミドルの経験が少なく、サイズがやや小さい。フィジカル面で苦戦するような場合、ディッグスをミドルに移すと予想されている。「まだ何も決まったわけではないし、必ずしも計画どおりに行くものではない」 とドナテルDCも認めている。 「どんなポジションであれ、プレーを決めるだけのことだ。プレーヤーがポジションを作るのであって、ポジションがプレーヤーを作るんじゃない」 とディッグス。「僕は自分のゲームをワンランク引き上げることを期待されている。それにLB陣で一番のベテランの僕が、ディフェンスの中心として指示を与え、仲間をモーティベートすることを期待されている。その用意はできているよ」

2003年5月 8日

Notebook: ドラフト外ルーキー2人を解雇

DEカビーア・バジャ=ビアミラに一問一答

Q. 昨年12月に男の子が産まれましたが、父親になって一番よかったことは?

「父親になるのは素晴らしいよ! 息子ラシッドの誕生を本当に神に感謝してる。毎朝、目が覚めて妻と息子の顔を見るたびに、心底祝福されてると感じる」

Q. 父親になって一番大変なのは?

「一番大変なのは、妻が出かけて息子と2人だけになること。でも聞くところによると、走り回るようになるともっと大変らしいね」

Q. 子供のころ、尊敬してたアスリートは誰?

「モハメド・アリ、ハルク・ホーガン、ジム・エヴェレット、ケヴィン・グリーン」

Q. NFLのルールを一つだけ変えられるとしたら何?

「QBがポケットから出たらボールを投げ捨てられる、ってこと。QBがサックを避けるためのルールはいろいろあるけど、一つだけ変えるとしたらそれだね」

Q. フットボールに恋したのはいつ?

「初めてプレーしたとき。僕はいつだってプレーを楽しんできた。『プロにならなきゃ』なんて思ってプレーしたことはない」

Q. 愛するフットボールのなかで、一番やりたくないポジションは?

「クォーターバック。たくさんヒットを受けるから。自分がいかにハードにヒットしようとするか知っているだけに、それを受ける側には回りたくないね」

Q. 趣味は何?

「趣味と言えるかはわからないけど、聖書は毎日開くようにしてる。犬と遊ぶのも好きだけど、今は妻と息子。僕はファミリー・マンだから、家族と一緒にすることなら何でも好きだよ」

Q. 自分が一番誤解されていると思うのは?

「僕がうぶで世間知らずだってこと。何故そう思われるのかはわからない。たぶん、僕がいつも質問してばかりいるからだろう。質問ばかりするのは、物を知らないからだと思うのだろう。でも僕がたくさん質問するのは、それによって多くのデータ、知識が得られると思うからだ。だから僕は、どんな単純なことにだって質問する。みんながどう考えてるか知りたいんだ。10人に同じ質問をするのは、人それぞれの違った答えに興味があるから。そういうわけで誤解されるんだろう」

Q. フィールド上で、一番面白かったやりとりは?

「2001年のレッドスキンズ戦で、僕はLTクリス・サミュエルズをかわしてサックを決めた。そしたらサミュエルズが僕をにらんで、『おまえ嫌いだ!』って叫ぶんだ。思わず笑ったよ。僕が何か間違ったことでもしたのか?」

Q. 好きな3人と一緒にディナーできるとしたら誰を選ぶ?

「イエス・キリスト、ヨセフ、ダヴィデ王。 彼らには聞きたいことがたくさんある」

Q. 長期契約を結んだわけですが、パッカーズの一員として一番素晴らしいのは何?

「ファンだ。彼らは素晴らしいよ! 何が起ころうと、どんな天気だろうと僕らを支えてくれるファン。そしてグリーンベイの人々は本当にいい人たちだ。コミュニティ的にね。よき隣人だ。何を着ているか、どんな車に乗っているかじゃなく、ありのままの自分を見てくれる。生まれ育ったLAからここに移ってきて、一番大きな違いはそこだね。ここの人々は、本当に地に足が着いている。そこが好きだ」

2003年5月 7日

ショットガンを減らす

ディフェンス陣と違い、人事面であまり変化のなかったオフェンス陣だが、パス練習の中にほとんどショットガン隊形がなかったことは注目に値する。攻撃が単調になりがちだった昨季の反省から、ショットガンを減らす方針であることを、コーチたちが公に認めた。

一昨年の第5週、ショットガン隊形を多用したパッカーズは前年チャンピオンのレイヴンズに快勝。そのあたりからショットガンの使用頻度が増え、昨季はオフェンス全体の27.3%にも上った。そのうち1stダウンでのショットガンが24.9%、2ndダウンが28.8%、3rdダウンが43.6%。3rdダウンロングでの使用が多いのは当然としても、早いダウンから使いすぎることが批判の的になっていた。今回の方針転換も、「もっと早くそうすればよかったのに」 という皮肉こそあれ、記者たちから批判の声は全く聞かれない。

「QBをセンターの下に戻すことによって、ランやラン・フェイクの脅威を増すことができる。それが我々のアイデンティティなのだ。その方向に少し戻す必要がある」とロスリーOC。ベヴェル新QBコーチは、「我々にとってショットガンが非常に有効な時もあった。たいていはそうだった。しかし、もう少しセレクティブにしたいのだ。ショットガンのおかげで3rdダウン成功率が上がったという面もある。投げる時間が稼げるから」と説明する。

ショットガンが多かった理由の一つは、しばしばファーヴにショットガンを選択するオプションを与えたこと。そしてそのファーヴ自身が、ショットガンを好んだせいでもある。「ブレットにはショットガンを使える裁量権を与えていた。彼がショットガンを多用したのは、パスプロテクションが非常に安定するからだ」とロスリーOC。あれほどラインにケガ人が出るなかで、チーム最大の財産であるQBファーヴを守ることを優先せざるを得なかったことは否めない。しかしファーヴのケガを恐れるあまり、オフェンスが単純になり、弱くなってしまった、とロスリーOCも認めている。

今回の方針転換は、ファーヴを飽きさせないため、という側面もある。ファーヴの引退を少しでも先に延ばすことは、パッカーズ首脳にとって極めて重要な課題。同じようなシステム、同じようなプレー、同じようなミーティング、同じような指示・・・。同じことを長年繰り返してきた彼の気持ちをリフレッシュし、しかもオフェンスが向上するなら言うことはない。「ブレットは自分から何かを起こすのを好み、退屈が好きではない。彼にとって面白くなるようにし、プレーが向上し続けるようにしなければならない」 とロスリーOC。

2003年5月 6日

Minicamp Notebook: RBダヴェンポート高評価

2003年5月 5日

Minicamp Notebook: LBバーネットが先発組に

2003年5月 4日

Minicamp Notebook: ルーキー初練習

ルーキー・プール決まる

今年のNFL全チームのルーキー・プールが決まった。"Rookie Pool" とは、その年のルーキーたちに払えるサラリーの総額であり、指名順位や人数に応じて、NFL側が決定するもの。もちろんこのルーキー分も、$75ミリオンのサラリーキャップの中に収めねばならない。

ESPNによると、最高額はDETの$5,551,658 で、わずか3人のピックしかなかったWASの $1,214,480 が最低額。パッカーズは9人も指名したが、指名順位が低く、2巡指名がなかったこともあって、全体24位の $3,052,958 となっている。

2003年5月 3日

ファーヴが引退問題を語る

昨季終了直後の会見以来初めて、QBブレット・ファーヴが地元記者たちの前で口を開いた。「僕はフットボールを楽しみたいし、できるだけ長くプレーしたいと思っている。僕の心がフットボールにあり、ケガが大きな問題でない限りね」。引退して静かな生活を送りたいという欲求よりも、相手DLをスティッフアームでかわしてTDパスを投げ、優勝したいという欲求の方が勝っている、とのこと。ドラフト前のシャーマンHCの楽観的なコメントを裏付ける内容になっている。

彼のグリーンベイの自宅がeBayで売りに出されていることが話題になっている。しかし、ハイスクールに進む長女が(グリーンベイとの行ったり来たりをやめて)ミシシッピに定住してしまうため、小さめの家に移ることは、以前から計画されていたこと。引退云々と家の売却は関係がない。

先月、シャーマンHCがミシシッピの自宅を訪問した時のことを思い出して、「マイクは 『ブレット、草を刈る時間なんて、いくらだってあるさ』 って言ってたけど、彼は草のことをわかってない。彼は一度も草を刈ったことがないと思うな」 とファーヴは笑う。「でも確かに彼の言う通りだ。半年も家にいれば、家を離れたくなくなるけれど、7月が来れば、プレーしたくて仕方なくなる。誰でもキャリアが終わりに近づくほど、どれが最後のプレー、最後の試合になるかなんてわからない。だからこそ、できるだけのことをしておきたいんだ。今はそういう気持ちだ」

意欲に問題がないとすれば、彼を引退に追い込むのは大ケガ、または能力の衰え。しかし今のところ、そのような心配はない。昨季中盤に痛めたヒザも、今はなんともない。「ケガも要因になるだろうし、『君にはもう力が残ってない』というのも要因になるだろう。自分の心がフットボールから離れ、勝とうが負けようがどうでもいいとかね。僕が決してしたことがないのは、ただ金のため、名声のためにプレーすることだ」

「僕はただ、大好きだからプレーするんだ。年もとったし、スキルも少しは落ちたかもしれない。自分ではわからないけど。自分では、まだどんなプレーでも決められると思っているし、プレーを愛してる。シーズンが終わったら、自分のプレーを振り返って検討することにする。そしてその時、ケガが大きなファクターでないことを願うよ。シーズン終了時に自分の心がフットボールから離れているとは、現時点では予想していない。だから、どうなるか見てみよう」

Notebook: Cウィンタース再契約

ドラフト外ルーキー11人と契約

パッカーズは11人のドラフト外ルーキーと契約した。JS Onlineには13名のリストが掲載されていたが、直前で契約を取りやめた選手がいるのか、それともまだ合意だけで正式契約に至っていないだけなのか。(下表の"40yds"は40ヤード走のタイム。備考のカッコは全てカレッジ・スカウト部長ジョン・ドーシーのコメント)

2003 Rookie Free Agents
Name Pos. College / Size 40yds 備考
Jose Fuentes QB Utah State
6-3 / 224lbs
4.72秒 ユタ州立大で3年間の先発経験(13勝20敗)。典型的なポケットパサー。「優れたアスリートで頭もよい」
J.R. Taylor RB Eastern Illinois
6-1 / 222lbs
4.41秒 昨年1522yds、一昨年1177yds。「デカくてハードに走る。パスキャッチも上手い」
Tommy Collins FB Connecticut
6-3 / 252lbs
4.68秒 昨年はTE兼ロングスナッパーだったが、それまではFB。FBをやる予定
Matt Huebner TE St. Cloud State
6-4 / 274lbs
4.78秒 ウィスコンシン州出身。「ドラフト外の中では最高のTEだ。今ドラフトではTE中トップ15と考えていた。キャッチ力があり、ブロッカーとしてもサイズがある」
David Porter OT Iowa
6-6 / 311lbs
5.35秒 アイオワでは昨年RT、一昨年はLT。フィルビン新OLアシスタントの教え子。「ランブロックよりもパスプロに優れている」
Jamil Soriano OG
/OT
Harvard
6-4 / 310lbs
5.45秒 ハーヴァードではRTで2年間先発。コンバインでの動きが悪く、評価下げた
Cullen Jenkins DT
/DE
Central Michigan
6-3 / 294lbs
4.99秒 CARの先発DTクリス・ジェンキンスの弟。「インサイドでもやれる。ビッグマンにしては非常に良い脚がある。」
Eric Powell DE Florida State
6-3 / 268lbs
4.61秒 2001年9月、路上強盗に背中を撃たれて命を落としかけた。しかしフロリダ州立大のパスラッシャーと言えば・・・
Shantee Orr LB Michigan
6-0 / 251lbs
4.75秒 アーリー・エントリーしたがドラフトされず。ミシガンでは3年間、DEで先発、通算13サック。GBではストロングサイドLBとミドルLBとして試す予定。
Keith Burnell CB Delaware
5-11 / 201lbs
4.35秒 デラウェアではRBとして活躍したが、その前、ヴァージニア・テックではDBの経験も少し。GBではCBに挑戦させる。「同じくCB転向したジェリー・アズマー(CHI)より優れたアスリート」
Quentus Cumby CB Kentucky
6-1 / 226lbs
4.48秒 叔父George CumbyはLBとしてパッカーズでプレー。「スロットCBをやる能力もある。ヒッターとして十分な力」

2003年5月 2日

Minicamp Notebook: WRウォーカーがバルクアップ

2003年5月 1日

ミニキャンプ前日

ミニキャンプの練習は水曜日の11時からだが、火曜日中にはルーキー以外の選手たちは集合。身体検査、フィジカルテスト、写真撮影、防具のサイズチェックなど、次から次へと忙しくメニューをこなした。 (写真はこちらから

今回のミニキャンプの練習は、水曜と木曜が午前11時から。金曜日からはルーキーたちが合流し、金曜土曜は午前午後の2回練習。日曜日には午前中だけ練習し、解散となる。

QBピダーソンとTEデイヴィスが再契約

昨日お伝えしたとおり、QBダグ・ピダーソンがパッカーズと再契約した。詳細は明らかになっていないが、ベテラン最低額での1年契約と見られている。シャーマンHCは、ピダーソンは2番手QBの座をQBクレイグ・ノールと争う、とのこと。

TEタイロン・デイヴィスも再契約に合意。 やはりベテラン最低額での1年契約。代理人は、「本人はオフの間もしっかりトレーニングし、ちゃんと体重を絞っている」と語った。(毎年恒例のコメントだが、全くアテにならない)