グリーンベイ・パッカーズ ニュース

2003年4月18日

ロン・ウルフが全1巡指名を回顧

名GMとしての評価が高いロン・ウルフ元GMだが、ドラフト1巡指名に関しては、苦い思い出の方が多い。メリーランド州アナポリスで引退生活を送るロン・ウルフ自身が、10年間のドラフト1巡指名を振り返った。

1992年 CBテレル・バックリー (全体5位)

グリーンベイで3年間、不本意なシーズンを送ったあげく解雇。

「オフェンス側はWRデズモンド・ハワードを、ディフェンス側はCBバックリーを、私個人はまた別の選手、OTボブ・ウィットフィールド(現ATL)が欲しかった。結果的には、私の思った通りにするべきだった。この場合は私が正しかったわけだ。CBトロイ・ヴィンセント(PHI)を獲ることは全く考えていなかった。WRハワードとCBバックリーが消えたら、OTウィットフィールドを獲る予定だった」 「このバックリー指名の反省から、『グリーンベイでは小さいDBはダメだ』という教訓を得た。冬のグリーンベイで小さいDBがやっていくのは厳しすぎる。結果的には、その教訓のおかげで勝つことができた」

1993年 LBウェイン・シモンズ (全体15位)

堅実なスターターとして'96年の優勝に貢献し、翌年チーフスにトレード。'02年8月、交通事故死。

「その時点で、チームの最も大きなニーズを満たしてくれた。彼のタフネスもまた、あの時のチームに最も必要なものだった」

1993年 Sジョージ・ティーグ (全体29位)

3年間不本意なシーズンを送ったあと、'96年にユージーン・ロビンソンに取って代わられる。

「いろいろと上手くいかなかったのは、主にチーム側があれこれといじりすぎて、彼にできもしないことを求めたからだ。馬鹿げたことだった。彼はNFLで長くプレーしたが、良い指名ではなかった」

1994年 Gアーロン・テイラー (全体16位)

20位からトレードアップして16位で指名。先発のガードとしてスーパーボウル制覇に貢献。しかしルーキー年と'96年のヒザの大ケガがなければ、もっと高いレベルで、もっと長く活躍できたはず。

「彼はプロボウルに近い選手になれたはずだ。安定していて、タフな選手だった。2回もヒザを壊してしまったことは、我々にとって大きな痛手だった」

1995年 CBクレイグ・ニューサム (全体32位)

NFLトップクラスのCBに成長したが、'97年の開幕戦でヒザの前十字靭帯を断裂。翌年復帰するがかつての力は取り戻せず、'99年のキャンプで解雇。

「これは面白いケースだった。彼は、スタッフの中でも非常に人気があったが、私自身は本当に指名したくなかった。22位から32位にトレードダウンしたが、まだ彼が残っているじゃないか。『これは神が私に、彼を指名しろと言っているのだ』と自分に言い聞かせて指名したよ。1年目からすぐに活躍してくれた。ヒザを壊す前は、素晴らしい選手だった」

1996年 OTジョン・マイケルズ (全体27位)

引退するOTケン・ルトガースの後釜として指名。しかしパワーもテクニックも不足しており、わずか2年しかもたなかった。ウルフ時代では最悪の指名かもしれない。

「自分が実際よりも賢いと、私が勘違いしてしまったケースだ。我々はDEトニー・ブラッケンズ(現JAX)の方を高く評価していたのに、マイケルズに飛びついてしまった。ブラッケンズを獲るべきだった。全く愚かだった」

1997年 OTロス・ヴァーバ (全体30位)

左タックルで3年間先発し、'00年には左ガードへコンバート。翌年フリーエージェントでブラウンズへ移り、再び左タックルとして先発している。

「この時は、彼に的を絞っていた。チームに必要なポジションで、彼ならパーフェクトだと思っていた。何年か、とてもよくやってくれた」

1998年 DEヴォニー・ホリデイ (全体19位)

ルーキー年からレジー・ホワイトの逆サイドで活躍し、 ケガも多かったが5年間スターターを務めてきた。つい最近チーフスへ移籍。

「本当を言うと、Sショーン・ウィリアムズ(NYG)が欲しくて、29位から19位にトレードアップしたのだ。しかし、もっと高く評価していたホリデイが幸運にも残っていた。これは容易な判断だった」

1999年 Sアントワン・エドワーズ (全体25位)

4年間、1巡指名らしい働きは全くしていない。バトラーの後釜となることを期待された昨年だったが、結局はルーキーのアンダーソンに敗れた。

「この指名はギャンブルだったが、いまのところ、いい結果は出ていない。ずっとケガばかりしているからだ。あらゆる能力に恵まれている選手だが、おそらく首脳陣はその話を聞き飽きていることだろう」

2000年 TEババ・フランクス (全体14位)

TEマーク・チュムラの不祥事を受けて、即戦力の先発TEが必要だった。ルーキー年はやや期待はずれだったが、その後2年連続でプロボウル選出。

「TEフランクスとLBキース・バラック(TEN)とに意見が分かれていた。難しい選択だった。1巡指名は一つしかないし、必要なTEを獲らなければならなかった。彼は、いい選手であることを証明してくれている」

2001年 DEジャマール・レイノルズ (全体10位)

QBハッセルベックを放出して10位にトレードアップして指名。2年間、全くと言っていいほどチームに貢献しておらず、サラリーキャップの問題さえなければ、昨シーズン中に解雇されてもおかしくなかった。この夏のプレー次第では、開幕ロースターに残れない可能性も。

「ケガがあり、その点では不運だった。彼に飛びついたのは私の失敗だし、決してしてはならないことだった。LBダン・モーガン(CAR)の方を高く評価しており、そのとおりにモーガンを指名すべきだった。モーガンもまたケガのためにあまり活躍できていないが、レイノルズを指名したのは確かに間違いだった」

カテゴリ : Draft, History