2002年4月29日

本音と建て前のあいだ

なにかというと「??の真実」や「??の舞台裏」のような企画が多いけれど、その人が腹の底で何を考えているかなんて、本当にそんなに大事な事柄なのか、と最近は思うようになった。ある人間の裏側を覗いたり、「本音に迫って」みたところで、物事の本質を見極めることなど結局はできないのでないか。


たとえば、誰かのミスで試合を落とした時、QBだったら当然その選手をかばう発言をするだろう。でもチームメイトをかばうからといって、ミスした選手に責任はない、と心から思っているわけではないはずだ。彼が伝えようとしていることは、「今回のことは忘れて、来週の試合に向けて集中しよう」とか「責任のなすりつけあいはやめて、チームのまとまりを取り戻そう」という仲間へのメッセージだ。そこにこそ、価値がある。腹の中でそのチームメイトを嫌っていようが関係ない。神妙な顔で記者団の前に進み出て、ありふれた「建て前」を繰り返すことにこそ、意味があるのだ。

◆ ◆ ◆

極端な話、あるコーチがひどい人種差別主義者で、黒人選手を心底嫌っていたとしても、それが行動や発言に全く出なければ(まず無理だが)何の問題もないとさえ思う。コーチとして実績をあげたければ、選手の力を向上させ、チームをまとめ、試合に向けて集中できるよう全力を挙げなければならない。そうするにはえこひいきなどはしていられないし、(腹の底では)嫌いな選手がいても、その選手をおだてたり、親身になってアドバイスをしなければならないだろう。

◆ ◆ ◆

GMがたとえば「アイツも年のせいか力が落ちてきた。サラリーカットを受け入れてくれればいいが、それが無理ならクビにして、安い若手の成長に賭けてみよう」と思っていたとしても、表向きには「彼は優秀なベテランで、ウチのディフェンスには欠かせない」と発言するだろう。その発言の意図は「力が落ちたとはいえ、経験豊富さは捨てがたい。なんとか気分よく減俸交渉に応じてくれればいいが」ということに違いない。

選手の側も同様だ。腹の中で「このコーチとはどうも相性がよくない」と思っていても、たいていは「自分をよく理解してくれる素晴らしいコーチだ」と表向きは言うだろう。彼が嘘を言っている、偽善者だ、と責めるべきではない。「自分はこのチームでやっていきたい。それには多少のことは我慢してもいい」というのが発言の真意だからだ。逆に、コーチやフロントのことを表立って批判するようになったら、「もうチームに残る気は(ほとんど)ない」と表明したようなもので、批判の内容よりも、そちらの方に意味がある。


他人が何を考えているかなんて、結局はわからない。やたらと深読みするよりも、その発言や行動の真意や意図を汲み取ろうとすることが大事だ。物事の本質は多くの場合、本音と建て前のあいだにある。そんな気がする。

投稿者 nagoyapackerbacker : 00:00