2001年8月27日
実況の良し悪し
先週は本当はスポーツ実況について書くつもりだったのだが、CMについて書いているうちに時間切れになってしまった。
アメリカのNFL中継を見ていると、なんと言っても日本と違うのは、向こうでは必ずアナウンサーと解説者がセットになっていて、常にコンビで回っていることだ。だからこそ息の合った、打ち解けた雰囲気になってくるのだろう。大差がついて試合内容が退屈な時などは、試合以外の事柄を取り上げて大爆笑したり、なんとかして視聴者を楽しませようとする工夫も見受けられる。
それに、例えばFOXテレビの1stチームは解説ジョン・マデンとアナウンサーのパット・サマロール、というふうに局ごとのランク付けがあるのもなんとなくアメリカ的だという気がする。FOXテレビと言えば、引退したばかりの名QBトロイ・エイクマンと名FBダリル・ジョンストンがコンビで解説をすることになった。同じカウボーイズで黄金時代を築いた2人が並んで解説をするというアイディアは面白い。現役時代のエイクマンは口が重いという印象があったのだが、どんな解説になるのか楽しみだ。同じく名QBのテリー・ブラッドショー(元ピッツバーグ)がいつも軽薄な感じでまくしたてているのよりは良いかもしれない。
もうひとつ、他のスポーツでもそうだと思うのだが、日本とアメリカではスタジアムの音声と放送席の音声のバランスが全く違うように思うがどうだろう。日本ではアナウンサーや解説者の声をはっきり聞かせるのが主眼で、現地スタジアムの音声はそれを邪魔にしない程度に、という感じだ。逆に向こうの中継ではまずスタジアムの音声や雰囲気を視聴者に伝えるのが第一で、放送席からの音声はそれを混じって聞こえてくる、と言ったら大袈裟すぎるだろうか。
やはり基本的には「スタジアムにいるのと同じ興奮を視聴者に味わってもらう」ことを主眼にしているのだろう。例えばビッグプレーがあったとしてもアナウンサーが殊更に声を張り上げるようなことは日本より少ないように思う。確かに「叫ぶ」ことはあるが、日本のスポーツアナたちのように「絶叫する」ことはまずない。
優勝が決まった時など本当の歓喜の瞬間になると、アナウンサーや解説者はしばらく黙ったまま、スタジアムの割れるような大歓声をそのまま視聴者に聞かせるという粋なやり方もよくある。映像はそれだけで雄弁なものだ。選手やコーチたちが涙を流して抱き合う姿、長年優勝を待ちわびたスタンドのファンたちの喜ぶ姿が大写しになるだけで、陳腐な言葉などいらないものだ。
すでに新聞雑誌等あちこちで批判されているようだが、先日の陸上や水泳の世界選手権では、絶叫型オンリーに成り果てた日本のアナウンサーに辟易した人も多いと思う。古館伊知郎アナをはじめとした個性的な先輩方の悪影響を受けて自分もフリーになろうと目論んでいるのか、南米の自己陶酔型のサッカー中継に影響を受けたのか、とにかく最近のスポーツアナは「盛り上げる」という意味を完全に履き違えていると思う。しかも最近ではそれを局ぐるみでやるのだからタチが悪い。
こちらはスポーツを楽しみたいのだ。ラジオじゃあるまいし、ホームランを打ったぐらい見てればわかる。ベンチが大喜びして出迎えているぐらい見てればわかる。ほんの少し気の利いた文句を付け加えてくれればそれで十分ではないか。あのアナウンサーたちはいったい誰に何を伝えたいのだろう。
投稿者 nagoyapackerbacker : 00:00

