2001年6月25日

Gladiator

いつもと同じアウェイの試合。いつものようにプレーが終わり、交代する連中がサイドラインに引き上げてくる。しかしそのなかで1人だけ、人工芝の上でうつ伏せになったまま動かない選手がいる。2、3のチームメイトが声をかけ、顔を覗き込むが、ピクリとも動かない。そばにいた相手チームの選手までこちらのサイドラインに向かって、早くドクターをよこせと身振りで示している。

喧騒に包まれていた場内が次第に静まりかえり、彼のところへ駆け寄ったドクターやトレーナー達の一挙手一投足に視線が集まる。まるで先程までのプレーはなかったかのように試合は中断され、長い長い時間が過ぎてゆく。信心深い選手達は数人で固まって祈りをささげている。

やがてヘルメットの下でかすかに顎が動き、唇の動きがドクターの呼びかけに答えていることを示している。それが場内の大画面に映し出され、安堵のざわめきがスタンドにも広がっていく。慎重に首が固定され、数人がかりで彼を仰向けに直す。長い間そばで待っていた担架に彼はようやく移され、トラックのようなクルマの荷台の乗せられて、人工芝の上を滑るようにゆっくりゆっくりと動いていく。

離れたところで見守っていたチームメイト達が駆け寄り、手を握って声をかけると、弱々しいながらも相手の手を握り返すのが見える。知り合いの選手でもいたのか、相手チームからも1人2人、駆け寄って声をかけている。場内のどこからともなく拍手が起こり、敵方のスタジアム全体が心配そうに見守る中、彼は7万の大観衆の前から姿を消した。

フットボールのファンなら誰もが思う。「ああ、ともかくこれで命に別状はない。全身麻痺もなさそうだ」 「とりあえずよかった」と。こういう時だけは敵も味方も関係ないのだ。相手チームの選手がヒザを壊したり鎖骨を骨折して退場する時には大喜びで悪態をつく地元ファンたちも、命に関わるようなケガや、一生車椅子で過ごさなければいけないような恐れのある時だけは真剣に心配する。それが我々フットボールファンの(誇るべき)基準と言っていい。


いつ引退に追い込まれようと優雅な引退生活を送れるような高給取りのスターはごく一握りに過ぎない。多くの選手達はNBAやMLBと比べ格段に安い給料で、はるかに危険な商売に、文字通り命をかけている。選手生命を絶たれるような大事故が、次の瞬間に起こらないとも限らないのに、それでも彼らは全力でフィールドを走っていく。現代のグラディエイター、剣闘士たちを見守るファンの視線が、荒っぽいながらもいつもどことなく暖かいのは、そのせいではないかと思う。

- Dedicated to Gary Berry. -

投稿者 nagoyapackerbacker : 00:00